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番外編
体温を貰う






「………垣代くん」


一つ席を空けて座る藤堂先輩に呼ばれて、本から顔を上げる。毎週水曜の昼は生徒会室で食事を採る事にしていた。そうしなければいけない訳ではない。ただ、昼休みに会議があるので、そうした方が楽だというだけだ。

「何ですか」
「いつも思っていたのですけれども、それがお昼ご飯ですか?」

女性のようにしなやかな指で、手の中のパックを指差された。ゼリー状の携帯栄養食品。

「はい」
「それだけで大丈夫なんですか?」

生徒会は一年間近くやってきたが、そんな事を聞かれたのは初めてだった。

「……俺も体に良くないと思いますけど」

向かいの席から同意してきたのは会計代理の有坂銀太だった。

「人工栄養素の塊ですし、何より腹減りませんか?」
「いや」

首を振った。

「十分保つ」

保つ、というより、空腹という感覚がない、と言った方が正しかった。美食にも飽食にも興味が無かった。動くのに必要な栄養が最低限確保できれば飢餓で死ぬ事は無い。それで十分だ。

「まぁ、勿論先輩の自由ですけど。俺は固形物食べた方がいいと思います」

有坂はどうでもよさそうに視線を落とした。藤堂先輩が、何故だか少しだけ笑った。

「そうですね。私も有坂くんに賛成です。…クラスに料理の上手い子はいませんか?何か教えてくれるかもしれませんよ」
「………いない、と思います」

A組の連中は勉強が全てだ。しかし藤堂先輩は少し意味深に笑む。

「分かりませんよ。たとえば…転入生の彼なんてどうです?彼は一般の家庭の出身だと聞いていますから、もしかすると家事もできるかもしれませんよ」

予想もしなかった人間だった。

「………水上ですか?」
「ああ、そうです。水上くんといいましたね」
「藤堂先輩」

有坂の声が少し低くなった。

「それ、誤解です。俺も一般家庭出身ですけど、掃除洗濯はできても料理はろくにできません。高校生の男で自分から料理するなんて奴そうそういないですよ」
「でも、もしかしたらという事もあるかもしれないでしょう?」

藤堂先輩がにこりと微笑むと、有坂は何か言いたそうにしながらも黙った。この有無を言わさぬ微笑に敵うものは、諏訪原会長の悠然とした語り口くらいのものだろう。

「ねぇ、垣代くん。駄目元で彼に訊いてみたらどうですか?」

分かりました、と答える他なかった。









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