番外編
7
「おお、お疲れさん。お前ら仕事が早いな」
職員室から戻ってきた斉藤が軽い足取りで自分のパソコンの方に向かう。水上と俺は既に仕事を終えていた。
「………変だな」
ぽつり、と水上がつぶやいた。見ると、少し眉を寄せ斉藤を見ていた。
「後は明日俺がやるから、今日はもう帰っていいぞ。ありがとうな」
斉藤は笑って言った。
俺は席を立つ。鞄を掴んで扉に向かった。
「助かったよ、宮城」
後ろから斉藤の声がした。
扉を開ける。斉藤が、水上にも帰るように言う声がした。扉を閉めた。
廊下を歩き出す。しばらくすると後ろからパタパタと静かな早足が聞こえた。
「宮城」
横に水上が並んだ。
「俺、もう少し残るよ」
水上を見る。わざわざそれを伝えに来たらしい。目が合うと当然のように笑った。
「………どうかしたのか」
「いや、先生元気無いみたいだから、ちょっと心配で」
「………そうか」
「今日はありがとう。また明日な」
「ああ」
水上が立ち止まった。背中で、水上が振り返り、斉藤の元に駆けていく音を聞いた。
俺には斉藤は機嫌がいいようにすら見えた。
静かだった。
ポケットから鍵を出して扉を開ける。真帆の家に入って電気をつけると、奥に広げられた布団に長袖のシャツとジーパン姿のあいつがうつぶせに寝転がっていた。
「真帆」
声を掛けるとわずかにみじろぐ。小さな部屋にこいつ以外はいない。
「真帆、起きろ」
「ん…ああ゛?」
肩を揺すると、不機嫌な声を出して真帆の瞼が開く。朝までひどい事になっていた頬は大分腫れが引いたようだ。
「あー、慎?」
「顔、大丈夫か」
「いてーよ。……………ババアならまだおまえんちだぜ」
真帆が上体を起こしながら、大きく欠伸をした。
「分かってる」
「泊まってくだろ」
「ああ」
「お前ガッコ?」
「ああ」
くっ、と、嘲るように真帆が笑う。
「マジメだな」
真帆が頭を掻きながらテレビをつけた。小さなブラウン管の中でバラエティのクイズ番組をやっていた。今流行りの芸人がむちゃくちゃな回答をした。ドッと笑いが起きても、真帆は少しも笑わなかった。
「慎、お前メシは?」
「まだ」
「レトルトのカレーあるから、食えば」
「ああ。お前は?」
「いらね」
キッチンに入る。シンク下の棚を開けて、レトルトのカレーを引っ張り出した。
「………つまんねぇな」
真帆が独り言みたいにつぶやいたのが聞こえた。
「真帆」
振り返りは出来ないのに、思わず呼ぶ。
「んだよ」
鍋に水を注ぐ。水上の足音を思い出す。
今、多分水上は斉藤と一緒にいる。どんな言葉をかけているか、俺には想像もつかない。
「…………何でもない」
水を止めた。
俺は何の言葉もかけられなかった。
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