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白虹学園
麦茶も乾く



 その日の弁当のおかずは、ピーマン入りの焼きそばがたっぷり入ったとんぺい焼き。キュウリの浅漬け、枝豆ととうもろこしのバター醤油炒め。主食はシンプルに塩おにぎりだ。
 夏野菜がこれでもかというくらいたっぷり入った弁当。いつもとは少し趣向を変えたので大牙にも食べてもらいたかった。困ったように笑って断られた表情を思い出すと胸が少ししくしくとする。だけど砂川按司は屋上のフェンスに背中をもたれてあぐらをかいたまま、ちょっと不思議そうな顔をして弁当を見つめた後、見てるこっちがびっくりするくらい勢いよくかき込んでいった。

「……麦茶いるか?」

 水筒を片手に尋ねると、こくこくと弁当箱に顔を突っ込むようにしたまま頷く。水筒のフタに麦茶を注いで渡すと、ばっともぎ取られて、ごっごっと音がしそうな勢いで飲み干していく。

「っかあ〜〜〜〜」

 ビール飲み干すおじさんさながら、そんな声を上げた。すごい。レンや大牙も頬張って食べる方だけど、砂川はほぼ飲んでるみたいな食べ方だ。

「砂川、すごい食べるの早いんだな……」
「あー?メシは戦争でしょ。自然の摂理よ」

 しれっと言われた。兄弟多いんだっけ。たりなそうに腹を摩っているので、自分の弁当箱を差し出したら、ちょっと目を瞬かせた砂川が、にやっと笑って箸で、掴みづらいはずのとんぺい焼きを器用に攫っていった。

「水上チャン、敵に施しかよ。俺の地元なら餓死確定だな」
「砂川、南の出だよな。なんか大所帯で大皿囲んでる食卓のイメージがあるけど」
「ソレソレ」

 砂川は、ばくっ、と、とんぺい焼きを一度に口に入れて、もぎゅもぎゅと咀嚼しながら続ける。

「はへははひはへっはひはひへーはは、ング、テメーの食い扶持稼ぐために中学からバイトしたわ」

 前半何言ってるのか全く分からなかったけど、後半のセリフではっとした。バイト。そうだ、アルバイト。

「砂川、夏休みはバイトとかするのか?」
「あ?あー、まーな。お前の周りのおぼっちゃん連中とは違って、俺はいたいけなショミンだからよ」

 いたいけな庶民はさっきみたいなことできないと思うけども。一般人には到底見えない燃えるような髪は、太陽の光にとても映える。ピアスも日差しで光ってて、つくづく今一緒にこうして弁当食べてる事が不思議な異世界のビジュアルだ。まあ、うちのルームメイトもかなり異世界の容姿をしているけども。

「えらいなぁ」
「は?」
「ちゃんと働いて稼いでるんだろ?すごいなぁって。俺はバイト一つにも尻込みをしてしまってる」
「何、バイト探してんの?水上チャン」

 頷いたら、砂川は『きょとん』を絵に描いたような顔をして俺を見た。思わず首を傾げてしまう。砂川がするのは結構珍しい顔だった。

「あのさぁ、水上チャン、それさすがに白々しいけど。どこまでリサーチ済みなわけ?情報屋クン?それともあのセートカイチョー様かよ?」
「え?」

 何の話か検討もつかない。へっ、と、砂川は鼻で笑って、水筒の蓋を俺に差し出してきた。それに二杯目を注ぐ。

「いやービビるわ。無害なツラしてこれだもんな。コエーコエー」

 ぐびり、と、また喉仏を上下させてもう一口麦茶を飲んだ。

「まーでも、水上チャンじゃちょい力不足だな。やっぱある程度腕っぷしのある奴がいねーと。だからってあの金猿は絶対ェお断り。」
「ごめん砂川、本気で何の話しか分からない」
「あァ?だから、海の家のバイトの事知ってんだろ?」

 ん?

「てめぇだけじゃ無理だっての。まあこれだけ屋台メシうまく作れるのは正直オイシーけどさ、かなりしんどいからマジで倒れるぞガリ勉くん」
「海の家……?」
「え」

 反芻したら、砂川は赤い目で俺を見て、びっくりした顔になる。

「マジで知らなかったとか言わねーよな?こんな弁当作っといて?」
「いや、本当に知らない……そんなバイトしてたのか、砂川」

 感心して言ったら、ぽかーん、とした顔をした砂川が、しばらくしてからぶはっ、と吹き出した。

「さ、砂川さん?」
「いや、スゲーな。ちょっとマジでホラーじゃね?今の」

 そんな事を言いながら、くっくっと肩を揺らして笑っている。何かがツボにはまってしまったらしい。

「そー、毎年必ず海の家でバイトしてんの俺。そんでしかも、今年は深刻な人手不足で、数人連れて来いってキツーく言われてる。去年はシマとムラ連れてって、誰一人屋台メシまともにできなくて大ヒンシュク買ってっから、今年は多少なり料理できるの見繕えとまで言われてる」

 砂川の視線を追って、俺は自分の弁当を見下ろした。屋台メシ。……まさしく今日のメニューそのものだ。砂川は残っていた塩おにぎりのアルミをはがして、ばくっとかじりついた。一口がすごくでかくて、一瞬で半分以上消えた。

「ヒラハミヒャン、んぐ、こんなのグウゼンとか言うつもり?」
「ヒラハミヒャンではないけど……困ったことに、本当にグウゼンですねぇ……」

 おかしそうに、砂川が笑う。

「イカレてるよお前」
「それは褒められてます?」
「なわけねーだろ」

 くっくっ、と名残のように笑ってから、砂川は塩おにぎりもあっというまに平らげて、首を傾けるように俺を見た。

「マジなの?俺、お前のオトモダチいじめた前科者だけど。選挙で諸々はあったけど別にお前の事正直どーでもいいし、守ってくれるやさしーい保護者どもいない環境で平気なワケ?さっきのも利用価値ありそうだから恩売ってみただけよ?フツーに見返り期待するし」
「正直者ですねぇ」
「言っとくけど容赦なくこき使われるぜ。ちなみに期間は二週間まるまるで泊まり必須。三食つくけど昼間は忙しすぎて食えねー事もあるし、正直お坊ちゃまには無理だと思うケド」
「俺お坊ちゃまじゃないんだけどな」
「なに言ってんのそんな細っこいカラダして。ちなみに夜は大部屋で雑魚寝よ。毎晩一緒ねダーリン」

 ばちん、と、ウインクをかまされて苦笑してしまった。砂川が明け透けに事を話したのは、多分俺が本気で来たりはしないと踏んでいるからだろう。だけど、びっくりする程今の俺にその職場の条件が合っているという事を、奴は知らない。

「是非そこで働かせてください」
「だろ?さすがの水上チャンもそこまでは…………エッ」

 にやにやと煽るような表情から、本気のびっくり顔になった砂川が、飲もうとしていた麦茶を少し零した。夏の日差しにしゅわぁ、とアスファルトから気化していく。俺は深く頭を下げた。

「一緒に働かせてください。お願いします」

 数十秒して、砂川は「マジでイカレてる」と呟いた。






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