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白虹学園
ピースサイン



 そんなわけで、良いアルバイトはないだろうか、なんて事を考え始めた。

 白虹学園は山の奥にあるしお坊ちゃま学校なので、基本的にはアルバイトをしている人間はほとんどいない。というか、バイト、という感覚ではなく、学生と言えどすでに仕事で稼いでいる人間の方が多かったりする。綾先輩だってモデルさんのお仕事をしたりもするみたいだし、佐助も株的な事で少し貯金を増やしているみたいだ。レンはそもそもそんな必要もない程のお坊ちゃまだし……。うーん、俺にはモデルはできるわけがないし、株もパソコンや経済に疎いと難しいだろう。取り柄らしい取り柄は勉強。以上。うう、これはガリ勉と言われても仕方ないかもしれない…。
 ただ、別にバイト自体が禁止をされているわけではないので、夏休みはアルバイトに精を出す、という一般家庭の出の子も結構いるらしい。というのは、佐助から聞いた話で、多分その話を振ってしまった時点で、彼には何故俺が綾先輩の誘いに即答しなかったかばれてしまったようだった。だけど、「俺が金出してやる」なんて絶対言わないから、俺はあいつの事が大好きだ。

『水上先輩、柔道部の予算申請が却下されましたので、再提出促してもらえませんか』

 今朝、有坂くんからそんな電話が入った直後に、詳しい内容のメールが送られてきた。彼は必ず言質をとった後でメールで再確認をしてくれる。一体なんなんだ。社会人経験者なのか。前世は敏腕中間管理職かなんかなのか。年下だけどついていきたくなるタイプを地でいく我らが生徒会長の指示を快諾し、俺は昼休みに二年D組の教室に向かった。予算申請っていうのは大体新部長となる二年生の初めての大仕事になる事が多い。だから一度提出された書類に不備があったり却下されるのも仕方がないんだけど……。

「あ?何でだよ」

 柔道部の新部長の槇田くんは、めちゃくちゃ体がでかい。さすが県大会優勝経験者だ。生徒会からの通達に、彼は当然のように教室の入口で俺を見下ろして威圧してきた。角刈りの頭の下のおでこに青筋が入っている。

「うん、夏の大会の前で大変なのは分かってる。だけど、なんとか時間を作ってもらえないかな。このままだと部費も落ちな」
「だからそれを何とかすんのがあんたの仕事なんじゃねぇのかっつってんだよ」

 だんっ、と、扉を勢いよく叩かれて、教室中の視線がこちらに向いた。うーん、まいったな。これは大変そうだ。

「大体あんたただの補佐だろ。コネだか色仕掛けだか知らねぇけど偉そうな顔しやがって……一年坊主の根暗な会長様にいいように使われてんじゃねーよ」

 その発言に、ハッとして思わず相手を睨み返してしまった。それが気にいらなかったんだろう。相手の目の下がぴくりと痙攣する。

「なんだよその目は……力で敵うと思ってんのか?」
「……思ってないよ。でも」
「水上チャーン、ナーニしてんの?」

 言い返してしまいそうになった瞬間、がばっ、と、肩に腕をかけられて思わずよろけた。視界の端に赤が映る。

「あ、え、さ、砂川?」
「あーあっちい、この真夏に外でサッカーとかふざけてるよなぁ」

 じっとり濡れたような皮膚の感触。砂川の色黒な腕がほとんど締め付けるような感じで俺の首に回る。ひねるようにして首を回すと、前髪をちょんまげ状態に上でしばった砂川が俺を至近距離で見つめ、にたりと笑った。

「ナニナニ珍しいじゃん。優等生の水上チャンがこっちの地区に来るなんてサ。…………えーと?」

 それから砂川は俺の目の前にいた槇田くんを見つめ、俺と何度か見比べた。

「オトコのシュミ変わった?」
「いやなんでやねん……」

 思わずすごくベタなツッコミをしてしまった。

「いやだってさァ、水上チャンの周りみんな小ギレイなのばっかじゃん。ゴリラみたいのと関わってると違和感あるわー。で?このゴリラチャンと何話してんの?」
「砂川、失礼な事言うな。彼は柔道部主将の……あれ?槙田くん?」

 顔を見たら、槙田くんの顔は真っ青になっていた。え、なんで?さっきまで血の気たっぷりな感じだったのに……。視線は俺ではなくて砂川に向いていた。砂川の突然の登場に驚いたのは俺もだけど。なぜか槇田くんの方がもっと驚いているらしい。冷や汗でてるけど大丈夫か。

「マキタ。――――ああ、スニーカーメーカーの息子か」

 え、そうなのか。マキタスニーカーって確かにすごくよく知られてる。あのマキタスニーカー?

「なァ、マキタくん?水上チャンと――――何話してたの?」

砂川が名前を呼んだ。俺もすごいなぁと思ってもう一度槙田くんの方を見ようとした、その時、手の中から持っていた書類のファイルがひったくられた。

「っくそが!!」

 ぴしゃーん、と、扉を閉められた。

「ええ……?」
「水上チャン、一つ貸しな」
「へ?」

 振り向いたら、砂川が俺にのしかかるような体勢で寄りかかりながらにまーっと笑っていた。

「見てろ。あいつ多分すぐ書いてくる」
「え……?」
「今の時期だと部費の申請の修正か何かだろ?」
「なんでそれを書き直してくれる事になるんですか…?」
「たまにはキョーフセージも必要だ、って事よ」

 意味が一瞬よく分からなかったけど、そういえば前、愁さんが言ってたっけ。砂川の叔父さんが結構な権力者で、頭上がらない生徒が何人かいる、みたいな話……。

「大変だねぇ、セートカイホサ様は」

 そう言って、じっとりと太陽の熱を纏った砂川の体があっさり離れる。触られていたところの体温が移って上がっている気がする。

「あの、砂川さん、もしかして今助けてくれたのか」
「一回五万円な」
「高いなぁ……」

 しかもリアルすぎる金額だけど。でも、砂川が俺を助けてくれた事を否定しなかったのは少し意外だった。多分、砂川の叔父さんの会社と槙田くんの会社が、何かしら関係がある、って事だったんだろう。槙田くんには、砂川のいう事を聞いておかないとまずい理由があったんだ。

「水上チャン、そういうの苦手そうだよね」
「うーん、まあ、得意分野ではないけど。そうしないとどうにもならない事もあるって、最近は多少学んだよ」
「おー、少しは成長したじゃん」

 にたにたと笑いながらなので、からかわれてるんだろうなあ、と思う。
真面目な話、武田も砂川もそうだし、時には佐助や、有坂くんだって、こうやって相手の弱みを使う手法を使うのを俺は見てきた。覚悟もリスクもある方法ではあるけど、だからこそ効果は絶大で、使わなければならない局面も、きっとこの先訪れるだろう。綺麗ごとばかりではいられないし、それを人にやらせてばかりいたら、そっちの方がむしろ悪人じみてる。

「先は長いですねぇ……いやでも、砂川の叔父さんはすごい人なんだなぁ」
「あ、知ってんの?まーネ」

 少し声が弾んだのが少し意外だった。砂川はなんとなく今までの言動からして、地元とか家族とかを疎ましく思っているのかと思っていたから。顔を見たら、またびっくりした。なんか一瞬、今まで見た事ない少年のような顔をしていたから。

「人使いも荒いけど、あの人はフツーにスゲーよ」
「へぇ……」

 なんか、すごいな。この砂川按司に素直にそう言わせる人って、多分本当にすごい人なんだろうな。

「なんにせよ、助かったよ。ありがとう」
「ドーイタシマシテ。三倍返し楽しみにしてるネ」

 ばちん、と、似合わないウインクをされて、ちょっと笑ってしまった。実は砂川とは、生徒会選挙の案件以降から、こうして少し気安く話せる仲になった。敵にするととんでもなく厄介な男ではあるけど、味方にすると正直頼もしい部分が大きい。まあ、味方と思ってくれているかは分からないけれど、生徒会補佐になってから、利用価値あり、とでも思われているのかもしれない。それはそれでお互い様だ。たまにレンとエンカウントすると殺し合いみたいな剣幕になるのは相変わらずだけれど。

「とりあえず初回は昼飯奢りで許してやるわ」
「ああ、今日弁当一つ余分にあるよ。食べますか?」
「え、何それそんな事あるの?」

 砂川はさして本気じゃなかったのかもしれない。びっくりしていた。最近、大牙の分の弁当を作ってきていた。ほぼ間違いなく断られてしまうので、結果持って帰ってレンが二個食べてくれたりする事が多いけど。あいつなんで太らないんだろうなぁ。ちなみに今日ももうすでに大牙にはフラれ済みで、弁当が余っている。

「ちょっとな。どうする?いるなら届けるけど」
「おー、食う食う。ラッキー」
「うん、じゃあ後でな」
「水上チャンも自分の持って来いよ」
「え?」

 にんまり、と、砂川はまた笑った。その瞬間、またピシャーンと扉が開く。

「持ってけ補佐野郎!」

 槙田くんがすごい剣幕で、書き直した部費申請書を俺に叩きつけ、砂川は人差し指と中指を立てて見せた。ピースみたいなポーズ。



「二人っきりで食べまショ。ダーリン」



 これは拒否権がないやつだ。


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