白虹学園
予定は未定
「そういえば皆さん、夏休みはどうされるんですか?」
サラダソーメンを食べ終わって、伊予柑のシャーベットをデザートに食べていたらふと、綾先輩がそんな風に訊いてきた。
あの後俺たちは萩さんの元をすごすごと退散した。飄々としながらも有無を言わせない彼に、もうこれ以上聞き出すことはできないだろうと佐助はため息をついていた。大牙との今の関係も考えて、綾先輩にも伝えない方がいいだろうと二人で話し合った。先輩は今日もきれいで、あれからあまり大牙のことでしょんぼりしたような様子も見ない。
「俺は特に予定ないですね。寮で過ごします」
佐助がそう答えたのに、少しほっとしてしまう。綾先輩がぱっと表情を輝かせる。
「そうでしたか!あ、でも長雨くんはご実家に帰ります?」
「いや、俺もずっと寮にいますよ」
「え、お前帰らないの?」
佐助に尋ねられて、少し笑った。
「いや、実家帰っても誰もいないんだ。夏は母さんと弟は毎年母さんの実家に帰省してて…」
「え、お母様と弟さんだけ?」
綾先輩もだけど、スプーンを咥えたまま、レンがこっちを見ている。何か訊きたそうな顔だなぁ。
「はい、ちょっと事情がありまして、俺はそっちには行かないんです」
「そうだったんですね……あ、ちなみにおサルさんは?」
「殺すぞ。俺は…………」
「もしかして学園長と過ごすとか……?」
聞いてみたら、難しそうな顔をして黙ってしまった。どうも図星だったらしい。佐助もびっくりした顔をした。
「え!マジか。ほんとに和解したのな」
「るっせー…………盆のあたりは、別荘だかに行くんだと。連れていきたいだのほざきやがる」
「え、すごいなぁ」
学園長の別荘ってなんか響きがすごいな。レンも行くつもりらしいというのが態度で分かって、少しじーんときてしまった。
「愁さんは?一緒?」
「…………」
すごい嫌そうな顔した!これは一緒なんだな!!
「ではおサルさんは親子水入らずで過ごしていただくとして、私たちは一緒に旅行に行きませんか?」
「え!?」
ぱん、と嬉しそうに手を合わせた綾先輩に、俺と佐助は顔を見合わせる。
「旅行…ですか?」
「ええ!私も実家に戻らなければならないんですけれど、二泊三日くらいなら時間はとれますから、その間にぜひ!……だめですか?」
こてん、と首を傾げておねだりする綾先輩に意を唱えられる奴がいたら顔を拝んでみたい。いやでも…
「長雨、お前どうする」
俺が迷っているのに気付いたらしい。佐助が声をかけてくれた。あれ。佐助、ちょっと瞳がきらきらしてるような……行きたいって事だろうか。とても珍しい。うーん、いやでも、これ言ったらとても気を遣わせてしまう気がする……。
「ええ、と……ちょっと、考えてもいいですか?」
「長雨くん、何か予定があるんですか?あ、この間の子たちと遊ぶとか……?」
綾先輩が言っているのは四堂たちの事だろう。実は少し前に宮城と連絡をとった。帰ってこないかと訊かれたけど、断ってしまった。それも同じ事に理由があったりする。
はっきり言えば、あまり、金銭的余裕がないからだ。
貯めていた帰省資金を、実は少し前にレンと地元に帰る時に使ってしまっていた。ワン先生に会いにいった時だ。貯金が全くないわけではないけれど、旅行となれば交通費だけでは済まなくなるし、切り崩して遊ぶのはちょっと厳しい。実は母さんも連絡をくれて、お金は出すから夏くらい遊びなよ、と言われたけれど、うーん、ちょっと気が引けるというか、なんというか。
「いえ、そういう訳じゃないんです。俺に構わず、もしよかったら三人で」
「ありえねぇ」
「ええ、それはないですね」
「お前逆にそれ想像つくわけ?」
三人から総攻撃を食らってしまった。いや、ビジュアル的には絶対それが壮観だと思うけどな。それに、レンはともかく、綾先輩と佐助は仲良しなのに。
「じゃあ、長雨くん次第ですねー」
「ええ、そんな、プレッシャーが」
ふふ、と、綾先輩がいたずらっこみたいに笑う。うう、このひと絶対俺がこの顔に弱いの知ってるだろうな。
「わがままでごめんなさい。でも、高校最後の思い出になるかもしれないから」
あ、と、声を上げてしまった。そうだった。綾先輩は、先輩だ。高校三年生だ。あんまりにもいつも一緒にいるから忘れてしまいそうになるけれど、夏休みが終わったら間もなく生徒会も辞めてしまう。俺たちとの高校生活は、今年が最後になってしまう。
「あ、違うんですよ。しんみりさせるつもりじゃなくて……でも、あなたと、佐助くんと、ついでにおサルさんと、…………どこかに行きたいなぁ、って、初めて思ったんです。前向きに考えてみて。もし何か障害があるなら、相談して欲しいです」
綾先輩の、今度ははにかみ攻撃。うう。こうかはばつぐんだ。
レンが、誰がついでだ、と言い返して、綾先輩が、あなたは予定があるなら無理しなくていいんですよ?と優雅に笑って、佐助がまあまあと抑えて。
俺だって、この仲間が大切だ。この場所で、こんな仲間が、友達が出来るなんて思ってもみなかった。
きっと俺はこのひとたちの事が一生好きだろうと思うし、だからこそ、今この瞬間、俺たちを選んで誘ってくれた綾先輩の気持ちがとても嬉しい。
でも、そんな風に言ってくれる人たちに『お金を貸してください』なんて言うのは、なんだかとてもいやだなぁ。
うーん。どうしたものか。
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