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白虹学園
執筆者

「えーマジ!?読んでくれたんだーどうだった?さっちゃん」

 門番である彼の元を訪れ尋ねると、萩さんは監視用モニターの前で椅子をくるりと回してこっちを見て、拍子抜けするくらいあっさりと執筆者の正体を名乗り出た。

「ま、まじでこの人か」

 佐助がさっちゃん呼びにも反応できずに声を強張らせている。佐助の中でも彼の存在はもちろん認識していたはずだけど、まさかこの話の執筆者だとは思っていなかったらしい。俺も大牙とのやりとりを知らなかったらきっと思いつきもしなかっただろう。

「嬉しいねぇ、実際の読者と話すのは初めてだわー。長雨ちゃんは?どうだった読んだ?俺の自信作はねぇ、この『夜の帳』っていう」
「いや待ってくださいそれくっそエロいやつでしょ」

 佐助に俊足で止められた。にも関わらず、萩さんのにやにやは止まらない。

「読み込んでくれてるねぇさっちゃん。でもじゅーはちきん読んじゃだめだからね高校生は」

 ぐ、と、佐助が詰まる。そうか……読んじゃいけないえっちな話を佐助が読んだのか…そうか…。

「ほらぁ、長雨ちゃんの目が遠くに行っちゃってるじゃん。で、どーしたの?まさか本当に感想言いに来てくれたわけじゃないでしょ?クレームかなんか?」

 監視カメラ映像の流れるモニターの前のカウンタで頬杖をついて、萩さんは慣れた手つきで煙草を咥えた。どっかの飲み屋さんのロゴが入ったマッチで手早く火をつけて、吸い殻が山盛りになってる灰皿に捨てる。独特な香りが漂ってくる。

「………何の意図があって書いてるんですか?」
「シュミだけど?」

 佐助の質問にあっさりと答えた萩さんが、すぱー、と煙草の煙を吐いた。俺たちからは一応顔を逸らしてくれていた。

「しゅ、み?」
「うん、俺ねー腐男子なの」

 にこー、と笑う萩さん。ふだんし?ってなんだ。

「もう脳髄まで腐りきってんの。そんで、大牙が推しなの。綾ちゃん好きなんだけどあの子どう考えても攻めじゃん?俺的には大牙攻めがエモくてさー。いや分かるよ?受けっぽいよねあいつ?攻めみが強いキャラって逆に受けにしたくなるよね?分かる分かるでも俺的には攻めがいいわけヘタレの腹黒の過去持ちの攻めを包容力ばっちりな平凡受けがときほぐす、そんな話がいいわけ!なんかちょうどいい受けいないかなーって思ってたとこに長雨ちゃん編入してきて、なんか大牙にもがつがつ絡んでってくれてるし、平凡受けの境地みたいなビジュアルじゃん?もー創作意欲膨らんじゃって!!これは書くしかねーなって!なんなら最近は薄い本のご要望とかいただいてるんだけど頒布とかおけ?」

 呪文?

 俺にはまったく理解のできない言語の羅列を、佐助はどこまでかは分からないけどそれなりに理解したらしかった。頭を抱えている。とりあえず、萩さんは特に思惑があってこの話を書いてるわけじゃなくて、書きたくて書いてるってことなのか。書きたい気持ちがなかなか理解はできないけど…。

「ばれちゃったからには、長雨ちゃんがどーーーーしても無理きもいやめろって言うならやめるけど?」
「えーと……大牙は知ってるんですか?これ」
「あいつネット見ないもん。知るわけないじゃん」
「あ、そうですか……」

 ううううん、と腕組んで考えてしまう。自分の名前が使われていることに関しては、別にどうという感情を抱くこともないけど、しかしびーえるっていうのがなぁ……。

「でも萩さん、俺、大牙にはまあまあ嫌われてるかと思うんですけど」
「え、なんで?」

 目をぱちくりされる。え、聞いていないのかな。大牙とは萩さんの方がずっと仲がいいと思うんだけど……まあ、でも、確かに人のことを悪く言って楽しむような奴ではないか。

「ちょっとアタックしすぎて、フラれました」
「しょ、詳細オナシャス」
「市村さん、やめてもらえませんか…」

 佐助がげっそりした面持ちで助け舟を出してきてくれる。萩さんは軽く肩を竦めた。

「さっちゃんに関係ねーじゃん」
「いやあんた俺の事も書いてるだろ」
「だから、嫌だっていうなら消すって。その場合浅川くんは転校かなー、水下くん泣くだろうなー。そこに大牙が現れて慰めセッ」
「おい」

 本気で話しについていけない。通訳してもらおうとして佐助を見るものの、多分意図的に無視された。

「うん、いや、分かった分かった。消すのはいいんだけど、一か月くらい待ってくれない?」
「一か月?」
「うん、それで完結するから」
「完結?」

 萩さんは頭を掻き、あくびをしながら頷いた。

「そー。そりゃ五年も十年もやる気はねぇよ俺も。次の次くらいで完結するから、それ公開したら告知出してサイトごと消すよ。それじゃだめ?」
「…………」

 佐助は複雑そうな顔をしている。いやだって、おもしろかったってさっき言ってたもんな。そんなあっさり消しちゃっていいものなんだろうか。カウンター?っていうのがお客さんの数だとしたら、それだけ楽しみにしている人がいるってことなんだろうし…。

「えーと、無理には消してもらわなくてもいいですけど……」
「えっマジ?」
「おい、長雨…」

 佐助が残念と嬉しいとどっちともとれるような顔をしている。そんなに面白いのか……。もう一度萩さんを見遣った。

「ただ、このページの暗号、教えてもらえませんか?」
「おっ」

 佐助がさっき表示してくれたパスワードつきの画面を見せたら、萩さんは嬉しそうに声を上げた。

「すげー、ここまで見つけてくれたんだ。さすがさっちゃん!さてはめちゃくちゃ読み込んでくれてるでしょ…!」
「うるせぇ」

 図星です。レンみたいな口調になってるぞ佐助。まあ気になるページが見られるんならそれで手打ちで問題ないだろう。

「でもだめ」
「えっ」

 と思ったら、きっぱり断られた。

「な、なんでですか?」
「いや、だってこのページ、元々見られないように作ったんだもん」
「はあ?」

 最後のは佐助さんです。相当見たいのな。萩さんはにやにや笑ってる。

「このページはね、大牙の大事な人しか見れないの。てことで、大牙の大事な人じゃないきみらに見ることはできませーん」
「いや別に黒岩に大事にされる気ねぇんですけれども」

 佐助がかなり苛ついているらしい口調で言う。萩さんは椅子でくるくる回ってる。子供みたい。

「じゃあだめー」
「あんたなぁ」
「ていうか、」

 萩さんの椅子が動きを止める。そうして、彼はへらり、と笑った。敵意も何もない顔で、顔の半分の火傷の跡が引きつった。



「大牙の事どうでもいい奴は見てもつまんないと思うよ」






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あきゅろす。
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