白虹学園
ベーコンレタスかな?
俺の部屋に戻ってきて、佐助はネクタイ緩めながらダイニングのソファに掛けた。
「あー、さすがにもうあっついなー」
「エアコン効くまで少し待ってなー。麦茶でいい?」
「おー」
氷をたっぷり入れた麦茶を淹れて戻ってきたら、佐助はいつの間にかテレビをつけていた。夕方のワイドショー。どこかの誰かが誰かを殺しかけた、なんて話題が、まるで日常のヒトコマみたいに流れてくるのを、眉間に皺を寄せて観ている親友。こいつのことが好きだなぁ、と思う。麦茶を差し出すと、ようやく険しくなった目をニュースから外した。
「サンキュ」
「おかわりあるから言ってな。で、佐助、話しって?」
「ああ」
すぐに佐助はテレビを消した。いいのに、と言おうと思ったけど、佐助は眉間の皺を深くして、うーん、と、教室でやったみたいにもう一度唸る。ほんとに珍しい。言う必要の無い事は、俺に対しておくびにも出さない奴だと知っている。
「え、どうしたんだほんと」
「いや………なんていうか、ちょっと言いづらくて」
「?……やっぱり深刻な話なんですか?」
「いや、全然」
「お、おう」
ならどうして、と首を傾げたら、佐助は俺の顔をちらりと見てから、意を決したように携帯を取り出した。佐助は何台か携帯を持っているけど、それはガラケーと呼ばれる二つ折りの方。
「ちょっととんでもないものを見つけてしまった」
「とんでもないもの?」
「嫌がらせ、のたぐいじゃない。でもお前に実害がないとは言い切れない。だから、どう処置したらいいものか迷ってた」
携帯の存在から、掲示板的なもので罵詈雑言的なものを拡散されているんじゃないかと思っていたけど、どうも違うらしい。佐助はまだうーんと唸ってる。
「むしろ悪意がなさそうだから困ってて、まあ、いいや。………あのな、」
息を飲んで、こくりと頷いた。佐助は真剣な顔で、
「お前、BLって知ってる?」
と聞いてきた。
「びーえる?何かの略語?」
「あー、まあ平たく言えば………ホモの創作話のこと」
「ぐ」
何だか雰囲気が深刻じゃなかったことに少しほっとして麦茶を飲んだタイミングだったので、咽そうになって変な方に嚥下してしまった。なんとか飲んでから盛大に咳き込む。あーあー、と呆れたように佐助が背中をさすってくれた。ほも、というのは、あの、同性愛のほも、のことでしょうか。
「やっぱそうだよなー、知らないよなー……」
「な、んで佐助さんは、知ってるんですか」
「正式にはボーイズラブって言うらしい。割と女子とかには人気で需要高いんだぞ。少年漫画のキャラクター同士で恋愛させる創作とか」
「え?ええ…?漫画のキャラ同士…?なんで?」
「『萌える』らしい。好きな漫画買おうとして似たような表紙開いちゃって事故に遭うのは割とあるある」
「全然理解が追いつかない」
「だろうな。まあ、とにかく長雨、落ち着いて聞けよ。俺は、お前が出てくるBL小説を見つけてしまったわけだ」
「…………んんん?」
佐助が何を言っているのか全く分からない。俺は少年漫画のキャラクターじゃないし、びーえるにして誰かが喜ぶとも思えない。佐助とデキてる、とか噂になった事はあるらしいけど、そういう事?でもあれは『萌え』じゃなく単純に嫌がらせだろうし。いやでも今小説って…。小説って、あの本とかの小説???びーえる小説???誰かがそれを書いてるってことか?………なんで?
「うん、そうだな俺が悪かった。頭の上にハテナマークが浮かびまくってる、長雨」
ぽんぽん、と、肩を叩いて、佐助はうんうんと頷いた。いやこれは、混乱しない方がおかしいと信じたい。
「ええと…俺が、その、びーえるになってて、誰か喜ぶ人はいるんですか…?」
「いや分からんけど、少なくともそれなりにいるからサイトのカウンタも回ってるんだろうな」
カウンタ?と、また首を傾げたら、ほら、と、佐助が差し出してくれた携帯の画面を、恐る恐る受け取って覗き込む。そこには、白地の画面に濃い目のグレーの文字でこう書かれていた。『虎に牙』。虎の写真を模した白黒の画像。その下には謎の数字の羅列が。
「とらにきば………虎に翼、は慣用句で聞いたことあるけど」
「それがサイトのタイトルだな。まあ、小説読むとなんでそんな名前つけたのか分かると思う」
「え、佐助さん読んだんですか」
ぎくり、と、佐助が表情を強張らせた。
「えーと…」
「俺のびーえるを…読んだんですか…」
「………正直に言う」
「え、はい」
「すっげぇ面白かったんだよ………ごめん」
なんということでしょう。
「で、サイト名の下の数字がカウンタ。今まで何人このページを閲覧したかっていうことだな」
「え…?」
いち、じゅう、ひゃく、と昔ながらの方法で、三度その数字を数える。
「にひゃくまん…?」
「恐ろしい数だよな。まあ累計だから長くやってたら多くなるけど…お前が編入してきたのって四月だし。それだけの閲覧者がいる程度には、需要あるってことだろ。お前のBLが」
何だかくらくらしてきた。一体誰が何のために?と考え始めて、はたと気づく。
「あれ、でも、漫画だったらキャラクター同士で恋愛してるなら、俺は小説の中で誰と恋愛してるんですか…?」
「………そこだ」
なんだかちょっと気まずそうな顔をして、佐助はぼそっと呟いて俺に携帯を渡してきた。
「最初の、『登場人物紹介』のページ見てみな」
言われた通り、そのページを開いてみると、登場人物の紹介文みたいな文章が羅列している。そこには、よく知った人にそっくりの名前があった。
「『黒石大牙』……?」
ああ、それで佐助は今日に限って俺たちの仲を聞いてきたのか、と、ようやく合点がいった。主人公の特徴にも目を通したけど、凶暴でドエスな性格、っていうところ以外、特徴はほぼクラスメイトの黒岩大牙と相違がなかった。これって、大牙がモデルになってるってことだよな。
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