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白虹学園
高いソーメンはうまい

 あの日から、無言を貫いている友人がもう一人いる。

「とんでもないもんを見つけてしまったかもしれない」

 そんな事を言われたのは、放課後、教室にいる生徒の人数がまばらになってきて、俺たちもそろそろ部屋に戻るべく荷物をまとめていた時だった。声の主は浅野佐助。彼こそ、無言を貫いているその人だ。茶色い髪が夏の日差しで透き通って見える。

「とんでもないもの?」
「うーん………お前さ」

 ちらり、と、俺の方を見た佐助。首を傾げると、むぐ、と、口を閉ざした。なんだか気まずそうに視線を彷徨わせる。そうして、自分の携帯電話に目線を落としてしまう。

「なに見つけちゃったんすか?佐助さん」
「いや、………うーーーーん………ちょっと、待て」

 本気で言うべきかどうか迷っているみたいで、佐助は自分の額に手を当てて考え込んでいる。いつのまにかブレザーは着なくなって、俺の机に乗せられている半袖のシャツから伸びた腕にはほどよく筋肉があって、佐助もやっぱり男の子だなぁ、なんてご近所のおばちゃんみたいな事を思ってしまった。自分のなまっちろくてひょろりとした腕を佐助の腕に並べる。

「………何してんだよ」
「いや、どうして鍛えてないのにこんなかっこいい腕なんすか?浅野さん…」
「は?………いや、俺鍛えてるし、多少…」
「えええ、聞いてないすよ」
「いやお前多少はやっといたら…この学園色々危ないのは知ってんだろ」
「それは痛いほど…」
「だろ?あー、確かに、お前、これは細いわ」

 きゅ、と、手首に佐助の手が回る。指と指とが簡単にくっついてしまった。

「うーん………今日は鶏肉にする」
「なんで?」
「筋肉つくので」
「食生活から入るあたりがお前らしいよな」

 そういえば、武田は授業にも出席していなかった。さぼりだと有坂くんには伝えたらしいけど、違う理由だと分かっていた。俺は自分の腕をもう一度見下ろした。俺の腕が十分こんがりと見えるくらいの白い白い武田龍一の体には、夏の日差しはきっと毒以外の何物でもないから。

「水上」

 声を掛けられて、少しどきりとした。鞄を肩に背負って、俺を見下ろしているのは、クラスの誰よりもこんがりと焼けた肌。

「あ、大牙」
「畑のトマト、そろそろ食べ頃だけど、いるか?」
「え、ああ、助かるよ!ありがとう」
 控え目に笑った大牙が頷いて、すぐに去っていこうとする。思わず、あっと声を上げて腕を掴んでしまった。
「あの、大牙、良かったらお礼に今日の食事を」
「いや、遠慮する。悪いな」

 俺の誘いが薄々分かっていたんだろう。すぐにテンプレートみたいな返事が落ちてきて、瞬殺された。腕も緩やかに振りほどかれて、鉄壁のパンダの笑顔が、俺の胸に刺さる。

「トマト、足が早いからな。食べてもらえると助かる。礼とか気にすんな」

 そうして、さっさと教室を出ていってしまった。

「あーーーーまたフラれた………」

 机に突っ伏して思わずぼやく。これで何十戦何十敗だろう…まだお誘いした夕食会にも来てくれた事はなくて、その日だけ綾先輩も佐助も呼ばず、食事を作って待っていたら、先週ついにレンを怒らせてしまった。今も、佐助が少し面白くないような顔をしているのは重々承知の上だ。綾先輩も大牙の話は全くして来ない。

「あー…長雨、もう予算精査終わったんだよな?」
「うん、昼にほぼほぼ。もう俺は今できる事なさそうです」
「なら、今日は直で部屋戻るか?」
「そのつもりだよ」
「なら、………やっぱ、ちょっと話しあるから、高見沢と藤堂先輩が来る前に、いいか?」
「えっ、うん」

 佐助が少し気まずそうな顔をしてそんな事を言ったから、ちょっとびっくりして声を上げてしまった。佐助は何か察したらしくて、俺の顔を見て苦笑する。

「いや、そんな深刻な話じゃねぇから」
「は、はい」

 深刻な話じゃないのか、なんて少し思ってしまった。いやだって、なんていうか、さすが佐助さんなんですよ。態度がほとんど変わってないんですよ。あの日、あの風呂での一件から。唇が二度ぶつかった、あの時間の事を、佐助は一切話さない。まるで俺の夢かなにかだったみたいに。佐助は相変わらず優しくて、かっこよくて、頭がいい。それでもって、変わらず俺の相棒でいてくれている。話をされた時、どうしたらいいのかまだ覚悟ができなくて、俺も触れられないままでいる。
 とにかく、鞄に荷物を纏めて、俺は佐助と一緒に教室を出た。

「あ、全っ然関係ねぇんだけどさ、長雨」
「んー?」
「ソーメンにトマトとツナマヨのっけたやつあるじゃん」
「あ、今日あれにする?」
「食いたい。あれすげーうまかったし。あーでも、鶏肉にするんだったか」
「ありがとう。あれすっごく楽だから助かるよ。鶏は棒棒鶏にしよう」

 佐助の言ってるソーメンのメニューは、綾先輩が桐の箱に入ったソーメンを困った顔で持ってきた日に作ったものだ。親御さんのお知り合いから送られてきたらしいけど、調理の仕方に困っていたらしいので、ありがたくお預かりした。高価なソーメンは、美味しい。水上家だと八束茹でても一食で完売必至の大人気商品だ。
 シンプルに茹でて麺つゆで揚げ玉とネギ、生姜とミョウガで食べるも良し。時には胡麻ドレッシングを使って作ったスープと肉みそ乗っけて担担麺風にするも良し。今佐助が話していたのは必殺技で、トマトの刻んだのと、法蓮草の茹でたのと、ツナマヨと、白ごま(指の腹で潰して入れると香りが出る)、揚げ玉を盛り、麺つゆを原液でぶっかけて食べるサラダソーメンだ。これははっきり言って高価なソーメンでやるほど絶品にうまい。綾先輩の桐箱ソーメンと、大牙が汗水流して作ってくれたトマトで作ったら、最高に美味いだろうな。

「佐助は結構麺類好きだよなー」
「あー、楽に食えるからかな…仕事中に選びがちだな」
「それはカップ麺のたぐいではないですか…」
「カップ麺美味いじゃん…」
「まあ、美味いんだけどなー。でも、佐助さんには体にいいものを食べていて欲しい」
「母親かよ」

 そう言ってから、佐助はまるで眩しいものでも見るみたいに、目を細めて笑った。

「心配しなくても、もうほぼほぼお前のメシで形成されてるよ、俺は」

 なんかちょっときゅんと来てしまうから、男前は困る。



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