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白虹学園
太陽と沈黙

「有坂くん、忙しい時に悪い。これ、頼まれてた予算表。野球部と、陸上部の分」

 書類を手渡すと、白虹学園・次期生徒会長、現会計の有坂銀太は大きな強い瞳で俺を見上げた。自分の作業を中断してくれて、その紙をぱらぱらと捲る。素早いけど確かに黒い瞳が紙の上を行き来して、ものの数十秒で視線が上がった。

「確かに。漏れもありませんね。ありがとうございます」
「他の部は?美術部と軽音部もまだだって言ってなかったか?」
「ああ、武田先輩からメールで来てました」
「メール…」

 生徒会室の中には、次期副会長である武田龍一の姿はない。あるのは、現副会長・次期書記の垣代早瀬と、現書記・藤堂綾の姿だけだ。

「さぼりまーす、と連絡は来てましたが、カッチリ仕事はしてくれてますよ。どこかの誰かと違って」
「うーん、そうか…」

 どこかの誰か、とは、次期会計・天王寺鈴のことだろう。夏休み前、各部の下期の予算決めで忙しいこの時期に、天王寺はほとんど集まりに参加をしていなかった。銀太の声は平静だけど、その額にはうっすら青筋が浮かんでいるのが分かる。現会計の彼にとって、引き継ぎも兼ねたこの時期に後継者がいないという現状は、きっとかなりのストレスだろう。

「ふう…文化系の部活はこれで全部ですね」

 向かいの席、しばらくパソコンでの作業に集中をしていた綾先輩も顔を上げ、少し首を傾けて疲れた様子だ。その隣の垣代に語りかける。

「あとは体育系の部はどうですか?垣代くん」
「今、サッカー部の精査を終えて入力しています。間もなく終わりますので、これで最後です」
「了解。完成次第、先輩二人とも俺に送信をお願いします」

 有坂くんが間髪入れずに指示を出してくれた。流石、現職のメンバーの会話は慣れたもので、ほとんど呼吸をするのに近いくらいのスムーズさで報連相が行われている。かっこいいな。俺も補佐として出来る限りのサポートはしたいと思ってはいるけれど、はっきりいって手伝えることは少ない。

「じゃあ、キリがついたら一息いれましょうか?お茶を淹れますが、水出し緑茶と麦茶、どちらがいいですか?」
「ありがとう、長雨くん。私は水出し緑茶を」
「どうも。俺は麦茶で」
「俺も麦茶を。―――水上、手伝おうか」
「大丈夫だよ。ありがとう、垣代」

 ばたん、と、扉が開いて、お出ましになったのは噂をすればの現職生徒会長様だった。

「あー、暑いね。みんな、お勤めご苦労様」
「愁さん、こんにちは」
「やあ長雨くん。僕は水出し緑茶を貰えるかな」

 まるで扉の前で聞いていたんじゃないかってくらいナチュラルにオーダーをされて、俺は苦笑しつつ頷く。この人のタイミングの良さは、今日に始まったことではない。

「ほんっと、必ず休憩の時間に現れますね会長。盗聴器でも仕込んでるんですか?」
「いやだなぁ銀太くん。親しみを込めて、愁、って呼んでくれよ。君は僕の後継者なんだから。それに、盗聴器なんてそんな…」
「ははは、ですよねぇ、まさかそんな」
「仕掛けない訳ないじゃないか」
「会長」
「えっ」
「綾くんも、愁って呼んでくれよ」
「ええ勿論、諏訪原会長」

 なんか恐ろしいことを聞いたような気がしたが、愁さんは王者のスマイルでその場をすんなりと躱してしまった。それに匹敵する綾先輩の美女スマイルが男前でした。愁さん、色々と吹っ切れてからますます恐ろしいお人だ。視線を配ると、垣代と目が合って、俺は咄嗟にへらりと笑ってみせる。彼の口角も少しだけ、上がったような気がした。



 武田龍一の衝撃の告白から、早いもので二ヶ月が経っていた。


『俺とそこの垣代くん、腹違いの兄弟でしたー』
 

 どこまでも軽い口調で告げられたその真実に、もちろんクラスは騒然として、あっという間に噂は全学園へと広がった。あの時、少し悲しげな顔をしていたように見えた垣代は、小さな声で俺に言った。
『黙っていて、すまなかった』
 そう、謝罪をされて、どうしたらいいか分からなくなった。謝罪をされる覚えは俺には無かった。武田と異母兄弟っていうのは驚きではあったけれど、どうしてそれを俺に謝るんだろう。その理由を聞くことができないまま、怒涛のように毎日が過ぎ去った。真実か嘘か、曖昧なまま噂も落ち着き、そうして武田も垣代も、その話には触れないままでで生徒会の仕事をストイックなくらいバリバリとこなしている。
 硝子の湯呑に緑茶と麦茶を注いで、各自のところに持っていく。垣代に麦茶を渡す時、視線が合った。
「ありがとう―――長雨」
 ながめ、と、時折名前を呼ばれる。そうすると耳が熱く燃えるように感じるのは、きっと気温のせいだろう。笑って、どういたしまして、と頷き、生徒会室の広い窓から空を見上げた。雲一つない青。高い空。太陽。


夏が、やってきていた。



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あきゅろす。
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