白虹学園
今なら
「起立」
垣代の涼しい声で、席を立つ。川崎先生がガリガリ頭を掻きながら教室に入ってきた。今朝も眠そうだな。
「礼」
頭を下げて、みんながガタガタと座った。
「んーーー………今日は出席でもとってみるかねぇ」
お、今日はちょっとやる気あるみたい…
「いない奴手ぇあげろー」
気のせいでした。
「せ、先生」
おずおずと手が上がる。あれ、武田だ。
「あの、い、一之瀬、くんがまだ…来てません…」
「んぁん、そーう」
先生はどうでもよさそうに返事をした。武田がしょんぼり手を下ろす。
「一之瀬が…」
彼の席は確かに空だった。昨日の今日だしな。俺達の顔は間違いなく見たくないだろう。また武田に悪いことをしてしまった。
後で一之瀬の様子を見に行きがてら、もう一度話しをしに行ってみようか。
恐くて、避けてしまったけどちゃんと聞かなくちゃ。『一ノ瀬はろっくんなのか』って。
先生が教室から出て行ってから、いつも通り佐助に話しかけに行った。なんだか教室で話すのはすごく久しぶりだよなぁ。嬉しい。周りがちょっとざわざわした。知らん知らん。
「佐助、今日の昼、ちょっと出てくる」
「………分かった」
席についたまま佐助はむっとした顔をしていた。目がまだ赤い。
「どうした?」
なんだかものすごく機嫌が悪そうだったので訊いてみたら、佐助は俺を見上げて深くため息をついた。その手には携帯電話が握られている。
「…俺達の新しい噂が流れてる」
「え、『仲直りした』とか?」
「それの100倍オヒレハヒレがついた感じ…」
仲直りにどうやってオヒレハヒレをつけるんでしょうか。
「今朝俺の目が赤いせいで、浅野×水上の噂が逆転しやがった…」
佐助が携帯をすごい速さで打ちながら舌打ちをした。何だか忌々しそうなのと同時に気恥ずかしそうな感じもする。
「??…カケルって何だよ?数学?」
「勉強オタクは知らなくていい」
ピシャリと言うと同時に、パタリと佐助は携帯を閉じた。
「で、何で昼いないって?」
「ちょっと綾先輩と話に。佐助も来るか?」
「いや、いい。まだ調べたいことあるしな。藤堂先輩によろしく言ってくれ」
「了解。あんまり無理しないでな」
「お前もな」
思わず口元がにまにましてしまう。
「なんだよ、気持ち悪い」
佐助が困ったみたいに眉を寄せる。
「いや何でも」
と言いつつごめんニヤニヤが止まらない。佐助はもう教室で話すことを咎めない。
朝、はっきり話した。『俺はお前にも綾先輩にも高見沢にも、これからはどこだって話しかける』と。佐助は止めたそうだったけど、『止めたって聞かないんだろ』とため息をついてから、ものすごくかっこいい事を言ってのけた。
『好きにしろ。お前は俺が守るから』
キャーッとなったのは言うまでもない。
小学生が気になる女の子に言うみたいなセリフだったけど、下手な大人より佐助はずっと頼りになることを、俺は知ってる。何より意地っ張りで熱血は苦手な佐助が、真剣にそんな事を言ってくれたのが嬉しかった。嬉しくて、どうしてか思い出した顔があった。
「いつか佐助に紹介したいな」
「あ?」
「前の高校の友達。4人組のアホ」
「………俺割と人見知りするんだけど」
「えええ、見えねぇ」
笑う。
ああ、
今ならきっとあいつらと話せる。
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