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短編・詩
雲骸 しあわせのいろ

赤や青の紫陽花が色鮮やかに咲き乱れている。雨にけぶるその姿はどこか幻想的でさえあり、思わず溜め息が出そうな光景だ。
そんな中を骸は歩いていた。
絵本の挿し絵のようなその風景には似つかわしくない怒りに満ちた足取り。雨水が跳ねて制服のズボンを濡らしてしまうのもお構いなしだ。

骸は思う。
なぜ今日と言う日に恋人から何の連絡もないのかと。

梅雨入りを間近に控えた今日は骸の誕生日である。それにも関わらずうんともすんとも言わないケータイに痺れを切らし、こうして骸自ら説明を求めて恋人の元へと向かっているのだった。

依然としてケータイは沈黙したまま。外が雨な事もあいまって骸の苛立ちはピークにまで達していた。

彼の居場所などわざわざ調べるまでもない。並盛中学応接室、彼はいつだってそこにいる。

並盛中学には、一枝ごとに花束を造る紫陽花に負けず劣らず色とりどりの傘の花が咲いていた。夕方と言うには少々早くなってきたこの時間はどこの中学でも下校する生徒で溢れかえっているようだ。
けれど、そんな中でも骸が誰かにぶつかったり掻き分けて歩く事はなかった。
誰しもが他校生である骸を不信に思いながらも、その剣幕に気圧されて道を空けていたからだ。

玄関の靴など確認するまでもない。これだけの生徒がまだ帰路についたばかりだと言うのに彼が早々と帰宅していることなどまずないのだ。

すっかり濡れた革靴から律儀に来客用のスリッパに履き替えると、迷う事なく廊下を進む。
並中に来たことなど一度や二度ではない。
すっかり見慣れてしまった光景をしばらく進むと、ようやく目的の場所にたどり着いた。

物音はしないが、確かに人の気配を感じる。
中の人物もこちらに気付いているようで、扉越しに強い視線を感じた。

トンファーを構える僅かな音と共に発せられた誰何する声と、骸が乱暴に扉を開けたのはほぼ同時だった。

現れた骸の姿にこの部屋の、嫌、並盛の主は途端に興味を無くしたかのように構えたトンファーを下ろし、手元の書類へと目を戻した。

「何だ君か」

事務的に書類を処理しながら、激高している骸にはさして興味もなさそうに投げかけられたその言葉に、骸はさらに激高仕掛けたがそこはなんとか理性で押さえつけた。

「恭弥、何か言うことはありませんか?」

いつもと同じように貼り付けた微笑は目が笑っていない。

「何しに来たの?」

骸の問いには答えずに問いを返すと、骸の中で何かが音を立てた。

「そうじゃないでしょう!」

バンッと雲雀ね机を叩きつけると、鋭い視線がこちらを向いた。

「何?君咬み殺されたいの?」

雲雀は溜め息をひとつつくと、仕方ないと言うように書類を机の隅に置いた。

「もういいです!」

自分は一体何のためにここまで来たのか。骸の心には怒りを通り越して深い悲しみが広がっていた。

プレゼントを期待していたわけではない。
他人に無頓着な雲雀の事、誕生日を知らなくても不思議ではないだろう。だが、仮にも恋人同士なのだ。そんなに邪険にする事もないだろう。

今にも泣き出してしまいそうで踵を返すと、ふわりとは似ても似付かない強引さで抱き止められた。

「全く君にはもう少し耐え性って物がないのかい?」

余りに突然の事で骸の頭には未だ理解が及んでいない。

「…恭弥だけには言われたくありません!」

ようやく理解が及んだ所で出てきたのは憎まれ口。背けられた頬には紅がさしていた。

「黙りなよ」

言うと同時に骸の頭を鷲掴むと、乱暴に唇を重ねた。
痛みばかりでムードも甘さも欠片もないキスは、けれど骸の心に凪をもたらした。

「おめでとう」

「最初からそう言って下さい」

「可愛くないね」

骸の手にはいつの間にかひとつひとつが小さな花束のような花で作られた大きくて不格好な花束が握らされていた。

赤と青を束ねるリボンは朝と夜の境のような青みがかった黒い色。そのリボンには何度も結び直したような痕がある。

「君が作ったんですか?」

「悪いの?」

既製品とは考えにくいその不格好さにもしやと思い訪ねると、不機嫌そうな答えが返ってきた。

「そうではありませんよ。でもどうしてこの花を?」

もっと作りやすい花など沢山あるだろうにと疑問に思う。

「いちいちうるさいな。君と同じだからだよ。ねぇそれより君こそ何か言うことはないの?」

照れ隠しなのか拗ねた様子の雲雀に溜まらず暖かさが込み上げる。

「ありがとうございます」

骸はその色違いの目を細めて微笑むと、募る愛しさごと不格好な花束を抱きしめた。

いつの間にか雨は止み、光を浴びた紫陽花が風に揺れていた。


-fin-

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あきゅろす。
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