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短編・詩
スク骸 約束

「う゛お゙お゙い…すまねぇなぁ…」

久しぶりに彼の声を聞いた気がする。その声はいつになく精彩を欠いていた。最早語り草となっている大声などどこ吹く風。
しっとりと濡れた髪を乾かし、そろそろ眠りにつこうかという矢先に掛かってきた電話の第一声がそれだ。

罰の悪そうな声の原因は、夜中に電話してきた事に対して出なければ、立て込んだ仕事のせいで、恋人にあるにも関わらず連絡を怠っていた事でもないだろう。

骸の誕生日を数日後に控えた今。
先ほどの謝罪の意味がそれでなければなんだと言うのだ。

わかっていた。わかっていたからこそ口から出た言葉はそれを否定した。

「何がですか?」

ベッドに腰掛けると空いている左手で髪を梳く。
我ながら白々しいと苦笑が漏れる。

「う゛お゙お゙お゙い。気付いてんだろうが」

「クフフ。さあどうでしょうか?」

電話越しに頭を掻きながらため息をつく彼の姿が浮かんでくる。
非難がましいその声も普段の彼とはかけ離れている。彼の部下が聞いたらどう思うだろうか。
どうやら本当にすまないと思っているようだ。
だからこそチクリと痛むものがあった。

「別に構いませんよ。誕生日など今更ですし」

「すまねぇなぁ」

何度もくりかえした輪廻の中で、最早誕生日などという概念は無いに等しい。寧ろこの世界など最悪ではないか。
どこまでも醜く、そして愚かで汚い。そんな世に生まれて来た事をただ恨めしく思う日でしかなった。

どうせいつも会えるわけではない。
毎日だって顔を合わせる日もあれば、数カ月に渡り音沙汰無い事もしばしば。
今回だってその数カ月がほんの数日延びただけ。大差などない。

「やれやれ。埋め合わせはする位の事は言えないんですか?」

「とぼけるなぁ。最初からさせる気だっただろうがよぉ」

「クフフ。もちろんですよ」

幾らかいつもの調子を取り戻した彼と2、3言葉を交わしその日は眠りについた。



−そして現在。

ボンゴレの守護者であるからとだけで盛大に開かれた誕生パーティー。脱獄補助の借りを逆手に取られては出席しないわけにもいかず、主役であるはずの骸はただだ不機嫌そうに過ごしていた。

次々と贈られる言葉はどれも形ばかりの型にはまったものばかり。華やかな催し物も盛大なオーケストラね演奏も何一つ骸の心には届かなかった。

あれだけツナが出席させたがっていたのだ。ひょっとしたらとの淡い期待があったのも事実。しかし、いくら当たりを見渡しても求める姿は見受けられない。
ヴァリアーの幹部であり、あれだけ一目を引く彼なのだから、出席しているのに見つからないと言うことはまずないだろう。どうやら本当に来ていないようだ。

(何をやっているんですか僕は…)

探しても居るはずのない姿を探すなど愚かしいにもほどがある。漏れた溜め息は自分への呆れか寂しさからか。

ここには何もない。

オーケストラはもちろんの事、このパーティーの参列者の殆どは骸ではなく巨大マフィアボンゴレの関係者。このパーティーも仕事に他ならない。
ただでさえ、当時から十代目候補だったツナと敵対し、守護者となった今でさえボンゴレと距離を置く骸を快く思わないものは少なくないのだ。

全てが虚像に満ちたこのクウカンは自分にぴったりではないか。今更何を気にすることがあれのかと、再び漏れた溜め息に自己嫌悪する。

そんな不毛な時を過ごしていると、いつかと同じ時間になった。

パーティーとは名ばかりの仕事からようやく解放された骸は、何をする気にもなれずシャワーを浴びるとさっさと眠りに就くためにベッドへ向かった。

灯りが消えるとシンプルのようで凝った造りの家具達は闇へと沈み、ベッド脇のスタンドライトの光に照らされたベッドだけが闇の中に白く浮かび上がっていた。
ふと、闇に浮かぶ白に黒い物を見つけた。どうやらパーティーの間ずっとそこで忘れ去られていたケータイ電話のようだった。
傷や汚れ一つ無い黒を手に取ると二つに折り畳まれたそれを開く。
表示される画面はなんの変哲もない。着信やメールの類は来ていないようだ。

三度こぼれた溜め息に流石に嫌気が差した。
歳を取ることが嬉しい歳でもなければ、恋人が隣にいないことなどいつものことではないか。

そう、何時もの事なのだ。

1日だけを除いて。

元々誕生日などどうでも良かった。
天すらその誕生を嘆いているかのような土砂降りの日に産まれ。物心つく頃にはすでに立派なモルモット。
その始まりとなった誕生日などどうして喜ばしいと言うのか。
骸にとっての誕生日など、自らの誕生を呪う日以外の何でもなかったのだ。

それがいつしかスクアーロと出会い、互いに惹かれて行く中で、唯一一緒に過ごせる日となっていった。
互いに幹部同士であるが故に多忙を極め、共に過ごせる時間は多くはない。それでもこの日だけはどうにか時間を作って一緒に過ごしていたと言うのに…。

1人で過ごす今日にどれほどの意味があると言うのか。2人だからこそ生まれた意味は、1人では何にもなりはしない。ただただ呪わしいだけではないか。

零れ落ちた雫はスタンドの灯りに照らされてきらりと光った。
積を切ったように溢れ出した雫は次々と新しい光を生み出し、やがて意識と共に闇へと沈んだ。


ふと、頬に感じた温かさに意識を取り戻すと、傍らの小さな明かりに照らされる銀が目に飛び込んできた。

「う゛お゙お゙お゙い起こしちまったかぁ?」

いつもより幾分控え目だがその特徴的な口癖と声は聴き間違えるはずがない。
つうっと静かに熱が頬を伝う。

「泣いてんのかぁ?」

心配そうな顔か覗き込む。
夢でも見ているのだろうか。彼がここに居るはずはない。
だが、頬に感じる指の感触も温もりも確かに幻覚などではない。

「遅くなってすまねぇなぁ。でも、ちゃんと間に合ったぞぉ」

彼が指差したスタンド脇の置き時計に目をやると12時まで後僅かというところ。
先程までとは違う涙は、もう止める事が出来なかった。


-fin-

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あきゅろす。
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