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短編・詩
雲骸 嘘
注意

この小説は【エイプリルフール】記念小説です
人によっては不快な部分もあるとは思いますが
【エイプリルフール】前提である事を踏まえたうえでお読みください




















薄紅の花びらがその身を散らし、暖かい春に雪を降らす。さえずる小鳥の歌声は優しく、別れは過ぎ去り出会いを色濃く感じさせる穏やかな朝。血相を変えたボンゴレから、恭弥が死んだと知らされたのは、そんな日の事でした。

何もかもが白く眩いボンゴレの医療室。群れる事を何よりも嫌う彼のためだけに作られた個室のベッドに、恭弥は眠っていました。

眠っているとしか思えません。
白いシーツの海に広がる黒は見るものを魅了してしまうほど深い。
実年齢よりも落ち着いて見られがちなその顔も、今は実年齢以上にあどけなさが残る。
僕しか知らない恭弥がそこにはいました。

「何故ですか…」

その問いに応えてくれる者など、いるはずもありません。
ここには僕と恭弥の2人きり。10年たってボンゴレも少しは気が効くようになったのか、今は席を外しています。

「何故…今なんですか…」

音の無い世界に、僕が放った言葉だけが虚しく染み渡っていきます。
本当に何故今なんですか恭弥。問い詰めたくとも恭弥は目をあけてくれません。

恭弥の死因は自殺。こめかみを拳銃で撃ち抜き即死だったと聞きます。
ボンゴレから預かった遺書には「僕より強い奴が居ない世界なんてつまらない」とだけ書かれていました。
こんな時でさえ恭弥は恭弥であり続ける。
此処までくると滑稽だと笑おうとしましたが、生憎それは音となってくれませんでした。

恭弥は今も眠り続けています。耳をすませば寝息すら聞こえて来そうなほど穏やかに。
しかし、どんなに耳をすませても広がる世界は無音。自分の心臓の音だけがやけに煩く聞こえます。

目を閉じると昨夜の事が鮮明に思い出されました。
昨夜、恭弥は何を思ったのか僕に手合わせを挑んで来ました。桜が咲いている事で、10年前の事が思い出されたのでしょうか。
はっきり言って僕は今でも恭弥よりも強い。
しかし、あの頃とは状況が違いすぎます。
僕は恭弥を愛してしまい、恭弥も僕を愛してくれました。誰だって愛する者を無為に傷付けたくはないでしょう。僕はわざと恭弥に負けました。手加減をした事に気付かれた様子はなく、満足げに笑った恭弥の顔ははっきりと目に焼き付いています。

それがいけなかったのでしょうか。
あの時手加減などせずに恭弥を傷付ける道を選んでいれば、こんな事にはならなかったと…?
そんな事を後悔していても後の祭りでしかなく、不意に笑いが込み上げて来ました。

「クハハハハ。良い気味ですよ雲雀恭弥。あの程度が僕の全力だと思うなどなんと愚かな!」

僕はどうしてしまったのでしょうか。自分でも全くわかりません。ただ、壊れた玩具の如く乾いた笑い声は止まず、不快な無音を掻き消すかのように一際大きく木霊していきました。
やがて、笑い声が止むと今度は更に深い静寂が僕と恭弥を包み込みました。

ぽたり

雫が落ちて恭弥が横たわるシーツに透明なシミが出来ました。不信に思い、自らの頬に触れると、どうやら僕は泣いてしまっているようでした。涙などとうの昔に忘れて来たとばかり思っていましたが、僕にもまだ涙は残っていたようです。

ぽたりぽたりと音がしそうなほど大粒なその雫は、積を切ったように次々と溢れてしまい止める事が出来ず、もう恭弥の顔すら見えません。

それでも恭弥を感じていたくて、恭弥が眠っている辺りに手を伸ばすと、氷のように冷たく固い感触を指先に感じました。
びくりと身体が震え、意に反して涙と共に手を引っ込めてしまいます。

人間のそれとは思えない程の絶望的な体温と硬度に思わず身が竦む。亡骸など幾度も見て来ましたし、屍と同じ名前を持つ僕がその冷たさに恐怖するなど滑稽な事極まりない。

触れてしまった事により現実的になってしまった恭弥の死に、一度は引いたはずの涙がまた溢れて来ました。

少しでも恭弥を感じていたくて僕は恭弥に半ば覆い被さる形を取って口付けを贈りました。考えてみれば僕からするのは初めてのような気がします。

唇から伝わる温度は、熱とも呼べない冷たさで、虚しさや悲しみ、絶望といった感情が入り混じり、それでも愛しさに適う訳もなく、僕は夢中でキスを贈り続けました。
貪るという表現が相応しいのかも知れません。
とにかく恭弥が愛しくて恋しくて恭弥から離れる事が出来ないのです。
より深く口付けようと、恭弥を思い出し口を割開こうとしましたが、固く閉ざされた唇に阻まれて叶いませんでした。しかし、それでも構わず何度も角度を変えながら一方的でしかないキスを贈り続けました。
恭弥の顔は僕が流した涙に濡れてしまっている事でしょう。

やがて、冷たい唇にも熱が移り冷たさを感じなくなる頃、僕はやっと長い長い口付けを終えて名残惜しみながらも離れようと上体を起こした瞬間、腕を強い力で引かれたと思うと視界が反転していました。
驚いて目を開くと、天井と僕の間には僕の涙で顔を濡らした恭弥がいました。

「きょう…や…?」

「そうだよ。驚いたかい?」

目を見開いた僕の瞳に浮かぶ涙を、恭弥の指が掬い取りました。その指は今までの氷のような温度が嘘だったかのように熱に溢れています。
未だに事態を飲み込めていない僕に恭弥が微笑みかけます。
可笑しいですね…僕は夢でも見ているのでしょうか。

「夢でも見てるのかって顔してるね」

…バレてました。
残念だけど現実だよと続けると、目を閉じて僕に口付けをくれました。先ほどとは違い、柔らかくて火傷してしまいそうなほどに熱い口付けを。
やがて、恭弥の唇が離れていくと腑に落ちない点にようやく気付きました。

「ちょっと待って下さい恭弥。貴方なんで生きてるんですか」

そう先程まで恭弥は確かに…確かに死んでいたはずです。あの時は嫌がるシャマルの診断を受けていましたし、第一僕が間違えるはずありません。幻覚ならば尚更です。

「ああこれを使ったんだよ」

ごそごそとポケットから取り出されたのは一つの弾丸。ボンゴレの死ぬ気弾や僕の憑依弾とどこかしら似ているそれが特殊弾であることは容易く想像できます。

「仮死弾って言ってね。面白そうだから使ってみたんだ」

「…何故そんな真似を?」

僕の問いに恭弥は意外そうに肩をすくめてみせました。

「こういうのは日本より海外の方が盛大だと思うけど?」

恭弥が指差した先にあるカレンダーは3月でしたが、3月は昨日までのはずです。という事は…ああそうですか今日は

「エイプリルフール知ってるだろ?」

恭弥の一言に僕は呆気に取られてしまいました。
ええ勿論エイプリルフールは知っていますが、そのためにわざわざ本当の死のリスクを背負って特殊弾を使ったと言うのですかこの男は。
何も言えないでいる僕を見ては恭弥は楽しそうに笑っています。呆れ果てて怒る気にもなれませんでした。

「だいたい僕が手加減してるかどうか見抜けない訳ないだろ?」

「…バレてましたか」

当然だと余裕の笑みを浮かべる恭弥に、少しばかり恐怖を覚えました。
僕は今恭弥に上から覆い被され身動きが取れません。

「今日の所は骸からのキスに免じて許してあげるよ」

「なっ///僕はキスなどしていません!」

「嘘は良くないな」

全くどの口がそれを言うんでしょうか。先程まで散々僕を騙していたというのに。
憤慨して何かを言い出す前に僕の口は恭弥の口によって塞がれてしまいました。
やはりこの男は狡いです。そんな事をされてしまっては例え口が自由になっても何も言えなくなってしまう。

「この弾はね、愛する者の口付けによってだけ生き返れるんだ」

まあ時間が経ちすぎれば手遅れになるけどねと続けながら、恭弥は愉快気に笑っています。
今日の恭弥はよほど機嫌が良いようですね。
人を死ぬほど驚かせておいてこの男は…。僕はそんなに可笑しな顔をしていたのでしょうか。

「嘘ですね」

「どうかな?骸がもう一度キスしてくれたら、嘘って事になるんじゃないかな?」

どうする?と問いかけるその表情は意地悪く、しない事を確信している節がありました。
このまま恭弥の良いようにばかりされるのも面白くありません。ここは1つ恭弥を驚かせてあげましょう。…少し恥ずかしいですがね。

僕は一瞬恭弥を睨みつけると、意を決したように恭弥に口付けました。触れていたのはほんの1秒足らずでしたが、それでも自分の頬が火照ってしまうのを感じていました。
少しでも赤いであろう頬を隠そうと顔を背けると、視界の隅に驚いた顔の恭弥が見えました。めったに見られないその表情をみれたのなら、恥ずかしい思いをしてキスをした価値がありました。僕は満足です。

すると、ぐいっと背けていた顔を力ずくで向き合わせると、そんなキスでは足りないと言わんばかりに激しい口付けが待っていました。
脳髄をとろけさせるような激しく甘いキスに頬が赤味を増すのをどうする事も出来ません。
キスが終わると、恭弥の腕に優しく抱き寄せられました。少しは反省してくれたのでしょうか?

「可愛いね」

「嘘ですね?」

更に赤味が増してしまったのは恭弥の確信犯のはずです。
その証拠に恭弥はクスクス笑っています。

「本当だよ」

「嘘でしょう?」

「もちろん」

「どちらですか」

僕たちはこの日初めてお互いに顔を見合わせて笑い合いました。




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