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短編・詩
風骸 sweet kiss
寒風吹き荒ぶ並盛商店街を骸は両手に大きな紙袋を提げて歩いていた。
その袋の中には綺麗にラッピングされた形も大きさも様々な箱がぎっしり。
中身など確認するまでもなく彼の好物であるチョコレートだろう。

しかし、チョコレートも紙袋2つとなると流石に重い。いくら好物と言えど、帰りの道のりを思うと少々うんざりしてしまう。

そんな重みに耐えながらも、わざわざ黒曜から並盛まで足を運んだのは、密かに想いを寄せている人物を一目見るため。
その人物が最近並盛商店街に屋台を出しているという情報を入手したのだ。
しかし、一向に見つからず、袋の重さも相俟って骸はイライラを募らせていた。

「骸?」

不意に名前を呼ばれて振り向けば、大きなサングラスをかけたいかにも怪しげな屋台の店主がこちらを見ていた。

「やはり骸じゃないですか。こんな所でどうしました?」

「…どなたですか?」

訝しげな骸の様子に、店主はこれは失礼とサングラスを外して会釈をした。瞬間、骸の胸がどきりと高鳴った。
この屋台の店主こそが、探し求めていた想い人だったのだ。

「随分重そうですね。どうです一休みして行きませんか?」

店主は骸の手荷物に目をやると、屋台の奥にあるベンチを指差した。

「ありがとうごさいます風。ではお言葉に甘えて」

屋台の店主、風の申し出を受けベンチに腰掛けると、傍らに紙袋を置いた。
袋の重さから解放され、骸の口からは思わず溜め息が漏れた。
これを黒曜まで持ち帰るのかと思うと、先が思いやられる。
風はそんな骸をおかしそうにしながら、蒸篭から一つ可愛らしい形の中華マンを取り出すと、温かい烏龍茶と共に骸に差し出した。

「どうぞ。身体が温まりますよ」

骸はありがとうごさいますと礼を言うと、烏龍茶を飲んだ。冷えきっていた身体に温かさが行き渡るようだ。

「桃マンですか?器用なものですね」

骸は手渡された桃の形の中華マンをまじまじと見つめている。

「どうぞ冷めない内に召し上がってください」

すっかり感心した様子の骸に自然と笑顔になる。
骸は頂きますと告げると熱々の中華マンを口に含んだ。
柔らかい皮を破ってカカオの香りと共に口いっぱいに骸の大好きな味が広がる。

「チョコレートですか!」

骸はいたく感動した様子で、美味しそうに中華マンを頬張った。
「骸はチョコレートが好きだと聞いたので、丁度バレンタインですし作ってみました」

風は満足した様に嬉しそうに告げると、途端に顔を曇らせた。

「…不要だったようですけどね」

骸の手にしていた紙袋を見やると深い溜め息が漏れる。
すっかり落ち込んだ様子の風に微笑みかけると、風の頬に手を添えた。

「そんな事はありませんよ。僕が欲しかったのはこれだけです」

驚いたように目を丸くさせる風に骸は問い掛ける。

「風、イタリアのバレンタインの習慣はご存じですか?」

「いえ、知りません」

「では教えて差し上げます。イタリアでは恋人同士が互いに贈り物をしあう日なんですよ。ですから…」

そこまで言うと、骸はおもむろに風に近付くと自ら風に口付けた。

「僕からはこれでどうですか?」

「充分です」

くすりと小悪魔のように微笑む骸を力強く抱き締めると、愛しげに微笑んだ。

2人の初めてのキスは甘い甘いチョコレートの味がした。


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あきゅろす。
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