月が音を奏でる夜 002 それから、と言うもの。 あの歌声が聴こえた時間に、あの道を通ってみるものの、歌は聴こえる事はなかった。 「まーた、輝夜姫に逃げられたんですか」 偶然聞こえた話に耳を傾ける。 満月の夜にだけ聴こえる歌声で、誰が歌っているのか判らないらしい。 どれだけ探しても見つからない。 そこから、付けられた名前が【輝夜姫】、【満月の歌姫】なのだと言う。 「……満月の夜、か……」 ぽつり、と呟く。 輝夜姫、とは言い得て妙だ。 満月の夜に、月に戻った輝夜姫。 けれど、今は、地上が恋しくて、満月の夜にだけ現れる歌姫、と化した。 「もしかしたら、どっかのカラオケボックスから漏れた声かも知れねぇな」 「お前、夢なさすぎ」 「ウチの社長が探しても見つからないんだぜ?あり得るだろ」 その言葉に頷きそうになる。 シャイニング事務所の代表、シャイニング早乙女。 あの尋常……嫌、人外な社長に見つけられない物はない、とまで言われているのに、見つけられないなんて、幻しかない。 そう囁かれても仕方がない。 「下らねぇ……」 そう呟く。 幻なら、あんなにはっきりと声が聴こえる筈はない。 それに、その輝夜姫が歌っていたのは、定番と言われるラブソング。 幻がそんな歌を歌うのか、疑問である。 「あぁ、黒崎さん。こんな所に居たんですか」 「ん?」 「車の準備が出来ましたよ。行きましょうか」 マネージャーが呼びに来る。 そして、変わらぬ日常が始まる。 逃げ出す事が出来ない過去(いたみ)を引きずりながら。 [*前へ][次へ#] [戻る] |