月が音を奏でる夜 008 一通り楽曲を奏でたリトラビ。 彼女達の実力を見せつけられた気がした。 完コピバンド、と言うのは伊達じゃない。 なら、どうして、彼女達は芸能事務所と契約をしないのだろうか。 これだけの実力を持っているなら―――……そう考えて、ふ、と我に返る。 契約しないのは、奏音の歌声の所為かも知れない。 あの神秘的な現象が、歌声をデジタル化しても現れる可能性があったとしたら、契約しないのは当たり前だ。 奏音自身、歌の不可思議な現象を知っている。 それに他人は、不可思議な出来事、理解出来ない事を知れば、それを平気でSNSにアップする。 その事で傷付く人が居ると言う事を、知ってか知らずか、“言論の自由”だとか、何とか言って、平気で人が傷付く言葉を並べ立てる。 けれど、幾ら自由とは言えど、言って良い範疇がある。 範疇を逸脱してしまえば、それは意見とは言わない。 日々に溜まった、ただのストレス発散の材料だ。 もし、奏音がそんな悪意に晒されてしまったら、ストレス発散の道具にされてしまったら、オレは耐えられるのだろうか。 ―――――…きっと、耐えられない。 リトラビのベーシスト、として契約するだけなら、それで良いが、歌手、として契約しなければ、ずっと、オレだけが独占出来る。 あの歌声は、誰にも聴かせたくない。 奏音は、オレだけの歌姫で良いのだから。 「……い、おーい。くーろーさーきーさーん」 目の前に手を翳され、はっ、と現実に引き戻される。 「どうかしたの?」 「何でもねぇよ。で、何だ?」 「リハ、黒崎さんで止まってる」 「あ」 考え事に夢中になり過ぎて、自身の登場を忘れていたようで。 嶺二はクスクス笑い、カミュはジト、と睨み、藍は、はあ、と溜息を吐く。 「ま、こう言う時もあるある。じゃあ、もっかい行こっかー」 奏音は「気にしない、気にしない」と、ぽん、と軽く腕を叩く。 それから、気持ちを新たに切り替えて、リハに望んだ。 ☆★☆★☆ ライブ開始前。 あれから、リトラビの前座は、流れ的にも可笑しい、と言う意見が飛び、MCやゲーム、又は、ソロ曲を入れる事になった。 それに関して、リトラビからの意見はなかった。 「じゃあ、行こうか」 「スーちゃん、おまじない、して?」 「好きだねー、ソレ」 舞台上で、リトラビが円陣を組む。 「音はボク達を裏切らない。音は何時でも側にいる。さあ、行こう!音の導くままに!!」 「開こう!音楽の世界の扉!」 天を指差し、彼女達は笑い合う。 その様に、失敗する、なんて思ってはいない。 純粋にライブを愉しんでいるようだ。 「音の導くままに、か」 「良い言葉だよね」 「そうだな」 彼女達の円陣を見つめながら、呟く。 彼女達の期待に、そして、ファンの期待に応えたい。 想いが、1つになった瞬間だった。 [*前へ][次へ#] [戻る] |