月が音を奏でる夜 004 「えと……」 彼女は、視線を彷徨わせる。 それもその筈。 今まで、満月の夜に歌っていたが、それは一曲だけ。 しかも、見つかった事などなかった。 だが、今はどうだ。 あんな、異常現象と言える場面(シーン)を目撃された、と言うのに、目の前にいる青年は何も言わないで、アンコールを求めて来るではないか。 しかも、初めて見つかってしまった。 今までは、小柄、と言う事もあり、逃げ遂せたのに。 掴まれた手が、熱い。 「……ボクは、そんなに上手じゃないよ?それに、あんな……薄気味悪い事が起こるんだよ……?」 先程の光景の所為か、少しだけ、辛そうな苦しそうな表情を向ける。 どうやら、自身の歌の所為だ、と知っている様だ。 けれど、そんな事、どうでも良かった。 「良いんだ。お前の歌が聴きてぇんだ」 「―――――……判った。だから、ね……その……」 かぁ、と、頬を微かに紅く染めると、一言。 「手……」 「手?」 「離してくれると……嬉しい……かな……?」 「あ……」 彼女の腕を掴んでいた事を思い出したのか、パッ、とその腕を離す。 暫く、沈黙が降り注ぐ。 「……リクエスト」 「あ?」 「リクエスト、何が良い……?」 恐る恐る尋ねてくる彼女に、歌って欲しい曲名を告げる。 「―――――……ん。大丈夫」 どうやら、知っている曲の様だ。 それに対し、安堵の溜息を吐いた。 知らないから、リクエストは無し、なんて言われたらどうしよう、と、一抹の不安が脳裏を過ぎったのは、言うまでもなかった。 ☆★☆★☆ 彼女の歌が終わりを告げる。 甘く、包み込む様な声音。 そして、あの言葉では言い表し辛い神秘的な現象も、終わりを告げた。 ぱちぱち、と、自然と洩れた拍手に、彼女ははにかむ。 [……かわいい] 照れた様に笑う彼女に抱いた感想。 突然聞こえた、小石を踏み締める音に、彼女は蘭丸の腕を掴み走り出す。 「お、おい!」 「ご、ごめんなさい!でも、あの変な人達に捕まると大変な事になるの!」 どうやら、2曲目を歌った所為か、居場所を特定されてしまったらしい。 彼女が逃げ出すのと同時に、走り出す音が聞こえる。 それは、一人だけの足音ではないのは、判った。 このまま、彼女の走るスピードに合わせていれば、何時かは捕まる。 緊急事態である。 「悪りぃな」 「え?きゃあッ!」 蘭丸は走っているにも関わらず、彼女を器用に肩に担ぎ上げる。 「ちょ……っ!」 「おい、コラ!暴れんな!こっちの方が速ぇんだよ!」 そう言われて、彼女は大人しくなる。 どれだけ、暗闇を走り抜けただろうか。 聞こえていた数人の足音が聞こえなくなったのを確認した後、蘭丸は肩に担いでいた彼女を降ろすと、近くにあったベンチに腰を下ろした。 はあはあ、と、肩で呼吸を整える。 「大丈夫……?」 「あぁ……気にすんな」 「ボク、何か飲物買って来るから、此処に居てね」 「お、おい!」 ぱたぱた、と駆け出す彼女。 そんな彼女を視界に留めながら、はあ、と息を吐いた。 [*前へ][次へ#] [戻る] |