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制服に着替え終えて部室を出るとき、「彩子先輩」と跳ねるような声で入って来た後輩とぶつかりそうになった。
先に気づいて立ち止まったあたしの肩を掠めて、後輩は日誌を書いていた彩子に駆け寄った。
あたしに気付かなかったみたいだ。
女子テニス部には男子テニス部ほどではないけれど多少の先輩・後輩の関係が縦社会並みに存在していた。
こんなふうに出入り口で会った場合は先輩に道を譲るべきとか。
今までそういう縦社会を意識したことはないし、部のなかでいちばんテニスができないくせにそこはきちんと守るべきと考える横柄さもなかったあたしが、このときばかりは楽しげに彩子に話し出す後輩にむっとして舌打ちをしそうになった。
あたしに気付かなかった、というより、あたしをいないものと認識しているような気がしたからだ。
部室のドアを、2人の会話を中断させるくらいに大きな音を立てて閉めてやろうかと思った。
ばたん、と。
彩子は、初めはいつもと態度の違うあたしに気付いて心配してくれるだろう、「何かあったのかな」「体調悪かったのかな」「あとでメールをしてみよう」とか。
けれどすぐにそれを否定する言葉を後輩が入れる。
ため息が漏れた。
後輩があたしを悪く言う言葉を自分で想像して、勝手に傷ついて、アホらしいと思ってしまった。
あの子は今日の練習で「ドンマイです」とあたしをフォローしてくれた子じゃないか。
他の後輩が先輩に向かってフォローの発言をするのが恐れ多いとか、荷が重いのかは知らないけど、あたしのミスに対していつも「大丈夫です」としか言えなかったあの空気のなかで。
(*)backgo(#)
木春菊
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