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短編
escape
何かから逃げるように、ジェノブレイカーは大陸を走り続けた。

沈む夕日には目もくれず、レイヴンはただじっと前を見ている。
その横顔を、リーゼはそっと伺う。ふと、何か話そうと口を開くがすぐに口を紡ぐ。
そんなことを今日までに何度繰り返しただろう?



「今日はここまでだ」
深い森に辿り着き、レイヴンはゾイドを止めた。
リーゼが何かを応える間も無く、レイヴンはゾイドから降り野宿の仕度を始める。
「……」
不満を抱きつつも、リーゼもそれに続く。


陽が昇れば走り、陽が沈めば野宿をする。
そんな生活がもう何日も、いやもしかしたらもう何ヵ月も続いたかもしれない。
パチパチと音をたてて燃える焚き火を、リーゼは膝を抱えてただ見ていた。レイヴンは新しい薪を拾いにでも行ったのか姿は見えない。シャドーもいない。
スペキュラーは自分の横でまるくなっている。優しくその鼻筋を撫でれば、心地良さそうに目をトロンとさせる。
「スペキュラー……」
そっと名前を呼べば、返事の代わりに数度瞬く。
「ボク達、いつまでこんなことしてるのかな?」
「キュウゥ?」
「ボクもう――」
ふと人の気配を感じて言葉を遮る。一瞬で呼吸を抑え、全神経を森の闇に向ける。


「リーゼ、まだ起きていたのか」
「レイヴン……」
ようやく薪拾いから戻ったレイヴンが、闇の中から現われた。
リーゼは緊張を溶く。
「眠れなくて……」
『本当は君を待ってた』なんて言えない。
「明日も早い。早く寝ろ」
「いいよ。レイヴン疲れてるだろ?見張りはボクがやるから」
つい素っ気無く、機嫌が悪いように言ってみる。なんでこんな風に言ったのか、自分でも分からない。
「……分かった」
そう言って、レイヴンは横になった。
リーゼに背を向けて。



燃え盛る焚き火の向こうに眠るレイヴンを、リーゼはただじっと見ている。
スペキュラーは既に寝入ってしまったのかピクリともしない。
「レイヴン」
彼は動かない。
「……レイヴン……レイヴン」
何度も彼の名を呼ぶ。
ふと、喉奥から熱いものが込み上げてくる。両目から溢れそうになり、ぐっとこらえる。




体を揺さぶられて、リーゼは目を覚ました。
「えっ……?」
「リーゼ起きろ。そのままじゃ風邪ひくぞ」
「レイヴン……?ボク、いつの間に……」
リーゼが起きたのを確認し、レイヴンは毛布を彼女にかける。
まだ周りは暗くそんなに時間が経ってはいないようだが、随分深く寝入っていたようだ。
「疲れていたんだろ。今日はもう寝ろ」
「でも、見張りが……」
「いい。あとは俺がする」
素っ気無い彼の言い方に、リーゼは胸がつまる。
「ゴメン……」
「謝るな」
「うん……ありがと」
リーゼは毛布に潜り込む。スペキュラーはその横に寄り添う。

目を閉じても眠気がいっこうにこない。何度目かの寝返りをうち、焚き火の向こうに座るレイヴンを見れば、じっと目を閉じて瞑想している。
「レイヴン?」
寝ているのかと思い声をかければ、すぐに目を開く。
「眠れないのか?」
「うん」
しばらくの沈黙。
すると、おもむろに彼が口を開く。
「子守歌でも歌ってやろうか?」
レイヴンが表情を変えずに言うので、思わず吹き出してしまった。
「君がそんな冗談言うなんてね」
「ああ、自分でも驚いている」
束の間の安息の時。
リーゼは、心の底から安らぎを感じていることに気付いた。
それと同時に、別な気持ちも浮かんできた。
「レイヴン」
また名を呼べば、少しだけ優しさを含んだ瞳で彼女を見る。

「ボク達、いつまでこうしてるの?」
「……」
「いつまで逃げればいいのかな?」
「嫌になったのか?」
「そうじゃなくて、その……」
その先の言葉が見つからず、思わずつまる。
「ゴメン、変な事言って。ボク寝るよ、おやすみ」
また寝返りをうちレイヴンに背を向ける。鼻まで毛布をかぶり目を閉じた。
レイヴンが何か言ったように思ったが、ギュッと目をつぶり聞こえないふりをした。


焚き火は衰えることなく燃え続けた。



――――――――――――




翌朝。
リーゼはまだ陽が昇りきらないうちに目が覚めた。
スペキュラーもほぼ同時に目覚め、大きく欠伸をする。
ふと、昨晩レイヴンがいた場所を見れば、寝具は綺麗に片付けられ彼の姿は無い。

機械音がして振り向けば、レイヴンがジェノブレイカーのコックピットから降りてきた。
チェックでもしていたのだろうと特に深く詮索することも無く、リーゼも寝具を片付ける。
消えた焚き火を再び起こし、朝食の仕度を始める。

特に会話の無い食事にももう慣れた。

早々に朝食を終えて、出発の時。
荷物を片付けジェノブレイカーに乗り込み無言のまま出発する。





日もだいぶ高くなった頃、レイヴンは急にゾイドを停めた。
そこは谷間だった。崖はさほど叩くなく、済んだ青空がよく見える。
「降りるぞ」
「え?」
わけも分からないままリーゼはゾイドから降りた。
リーゼが降りるのを確認すると、先に降りたレイヴンは歩き出した。慌ててそれに続く。


100m程歩いてレイヴンは足を止めた。
「?」
リーゼも彼の数歩後ろで立ち止まる。
「リーゼ」
レイヴンがおもむろに呼ぶ。そして谷間の向こう側を指差す。
「?」
「この谷を抜けて西に数帰km進むと小さな町がある」
「え……?」
「暫くその町に身を隠せ。ほとぼりが覚めたら適当にゾイドを見つけて遠くに逃げろ」
「何だよ、それ……」
「お前は逃げるんだ」
リーゼの心臓が重苦しく鼓動する。レイヴンが何を言いたいのか察しがついた。
「君は、君はどうするんだよ!?」
「俺は、軍に投降する」
「なっ……どうして……」
「罪を償う為にだ」
「どうして君だけ!ならボクも、」
「お前は来るな!」
「っ!」
レイヴンに一喝され、リーゼは一瞬たじろぐ。
乾いた風が二人の間に吹き荒ぶ。
「なんで、君だけ……?」
あまりのショックと理不尽さに、リーゼの声は震えている。
「俺は許されない事をした。その罰は、俺だけが受ければいい」
「それならボクだって同じだ!ボクだって許されない事をしてきた!君が罰を受けるならボクも受ける!」
「駄目だ!」
「どうして!?」
レイヴンは沈黙する。リーゼに背を向け、言葉を探す。
「お前はもう、辛い思いをしなくていい。ここからは自由に生きていいんだ。だから……」
暫くの沈黙。
「だから、ここでお別れだ」
「……っ」

長い沈黙が続いた。




「いやだ……」

リーゼは小さく吐き捨てる。
「いやだ!」
「リーゼ!」
リーゼはレイヴンの腕を掴む。

「本当にそれで済むと思ってるのか!?君が投降しても、軍は今度はボクを探す。それじゃ君のしたことなんて、何にも意味なんて無い!」
「お前は古代ゾイド人だぞ?また何か実験台にされるかもしれない。これは最後のチャンスなんだ!これを逃したらもう二度と自由にはなれない!」
「それでも!」
リーゼは力を込めて叫ぶ。
「それでもボクは、いやだ……」
レイヴンの腕を掴むリーゼの手に力が入る。
「いやだよ、君と離れるなんて……」
声は小さく震える。
その顔を見れば、大粒の涙をいつもこぼしていた。
「リー、」
「いやだよ、お願いだから、一人にしないでよ……お別れなんて、そんなこと言うなんて、じゃあ何であの時、キスなんてしたんだよ……」
「リーゼ……!」


「レイヴンっ……」
リーゼはレイヴンの胸に飛び込む。
「!」

「君がボクをどう思ってるかなんて知らない。だけど、ボクは君が好きだよ」
「……」
「君の過去も知ってる。君の罪も、苦しみも知ってる……だからって、それは全部君一人のせいなの?」
「リーゼ、俺は、」
「君の罪はボクの罪でもあるんだよ?それを一緒に償うことはできないの?」
レイヴンはリーゼを引き離そうと肩に手をかけたが、それ以上体が動かない。

「ボクの我儘だって分かってる。でも、離れたくないんだ……お願いだから、ボクも連れて行ってよ……!」
「リーゼっ……」

レイヴンは思わずリーゼを抱き締めた。ただ強く、か細い彼女の肩を包む。



「死ぬかもしれないんだぞ?」
「今までだって何度も死にかけたんだ。今更平気だよ」
「自由ではなくなるんだぞ?」
「でも、生きてる」



「そうだな」





それから、どれ位時間が経ったか。

「なら、一緒に行こう」
「うん」









きっとこの道は、平坦な時なんて一度も無い。

それでもいい。

それでもボク達は、生きていけるから。





西の空に陽が沈む頃。
レドラーの機影が空を覆う。大地が地鳴りを響かせる。



その光景を、二人は並んで見つめていた。
強く手を握って。

「怖くないか?」
「怖くないよ」
「後悔していないか?」
「後悔なんて、したこと無い」
「そうか……」



「大丈夫だよ」
リーゼは強くレイヴンの手を握る。
「君と一緒なら、ボクは大丈夫」
「そうか」
レイヴンはリーゼを見下ろし、ふっと笑顔を見せる。
「ならよかった」
そして再び西空を見やる。




終。



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