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短編

残暑厳しいある日、バンとフィーネ、ジークとトーマ、そしてレイヴンとリーゼが暗い部屋に集まっていた。
部屋の照明は小さな蝋燭が数本、さらに小さな炎を揺らしていた。

その一本を、リーゼがふっと吹き消した。
部屋は更に暗くなり、蝋燭は残り二本となった。
それを見て、バンは小さく震えた。
「怖いの?」
フィーネが言った。
「こ、こここ怖くなんかねぇ!」
「声が震えてるぞ」
トーマが言った。




バン達は今「百物語」をしていた。

短い夏があっという間に終わってしまい、休みらしい休みも無かった。
どうせ思い出も何も無いのだから、夏の終わりに怪談話でもしようということになった。


「じゃあ次は、」
「俺だな」
レイヴンが言った。
バンだけで無く、トーマ一瞬震えた。
どこで聞いたのか知らないが、レイヴンの話は特に怖かった。
車のガラスにベッタリ着いた手形だとか、人の首でサッカーをする少年だとか……
しかも話し方が上手いから、まるで映像を見ているように想像してしまう。




「……ある小さな村があった」
レイヴンが話始めた。




その村の男達は夜も働きに出る為、毎夜のごとく女達は集まり内職や裁縫をしながら過ごすことが多かった。
そんなある夜、一人の女が言った。
「悪魔谷に行って御供え物をとってきたら自分が一番大切にしている物をやる」と。

『悪魔谷』というのは、村の外れにある谷で、昔は正しい名があったのだが、その谷では何度も恐ろしい事が起こり、谷に足を踏み入れた為に村人が何人も死んでいる事からその名が付けられた。
数年前から悪霊を祓い沈める為の社が建てられ、それから谷は立入り禁止になった。

「じゃあ私は宝石をあげるわ」
「なら私はドレスにするわ」
皆口々に言い出した。
誰も行くはずが無いと思ったのだろう。
この村には娯楽という物がほとんど無かったから、人が集まれば話題は「誰々の家の子供は」とか自然と『悪霊谷』の話になる。
そんな話で盛り上がっている時、一人の若い女が言った。
「それは本当?」

全員が話を止め、声がした方を見た。
「その話本当なの?」
女の名はアンナと言った。
まだ二十歳かそこらで、去年結婚したばかりで既に赤ん坊もいた。
「ねぇ、それ本当?」
アンナは最初に言った女に詰め寄った。
女の腕を掴み、まるですがるように問いただした。
「ほ、本当よ。悪霊谷の御供え物をとってきたら、そうね、うちの馬をあげるわ。前に欲しいって言ってたでしょ?」
「約束よ…」
それだけ言うと、アンナはようやく手を離し、集会所から出て行った。

アンナが必死になったのも無理は無かった。
夫は出稼ぎに行って未だ戻らず、アンナ自身にもちゃんとした稼ぎが無かったから暮らしは厳しかった。
馬があれば畑仕事はだいぶ楽になるし宝石があれば売ればいい。
何よりも子供の為に。
アンナは腕に寝てる子供をしっかりと抱き、真っ暗な森の道をひた走った。


今宵は満月のはずだった。
なのに道は光一つ無く正に常闇。
アンナは両眼を見開き、少しでも光が無いかと探しながら走った。
腕の子供はまったく泣かず、静かな寝息をたてていた。
十分ほど走ると、急に風が冷たくなった。
『悪霊谷』に着いたのだ。

谷は山道よりは明るく、仄かに薄暗かった。
大きな滝が轟音を上げて谷の底に吸い込まれていく。
アンナは谷底を覗き見た。
「……っ」
滝壺がある場所のそこには水など無く、永遠に続くかのような闇が広がっていた。
アンナはそこから目を逸し、目当ての社を探した。
それはすぐに見つかった。
人の腰程の高さの小さな社で、よほど昔に建てられたのだろうか、屋根には苔が生え、土台は最早地面と同化していた。
アンナはその前に膝間付き、供えられたリンゴに手を伸ばした。
その時、

「……アンナ……」

「!!」
まるで地獄から呼び起こされたような、この世のものとは思えない声が谷中に響いた。
アンナはどこから声がするのだろうと、恐怖で叫びたいのを必死に堪え辺りを見回した。
しかし、谷には自分しかいない。

「……アンナ……アンナ……!」

アンナはリンゴを一つ掴み、一目散に走り出した。

「アンナ……アンナぁ……」
アンナは森の中を全速力で走り抜けた。
声はもう聞こえなかったが、まだ背中に何かがへばり付いているような気がした。
腕には乳飲み子を、片手には腐りかけたリンゴを握り、アンナは走り続けた。

ようやく村に辿り着き、アンナは皆がいる集会所に転がりこんだ。
アンナが血相を変えて帰って来たので、皆は一瞬何事かと周りに集まった。
アンナは弾む息を整え、地べたに座り込んだ。
ようやく呼吸が収まると、アンナは持っていたリンゴを馬をやると言った女に差し出した。
しかし、女はそれを受け取るどころか見ようともせず、青ざめた顔でアンナを見ている。
いや、アンナの抱いているものを……

「?」

アンナもそれを見た。
そう言えば子供が泣かない。あれほど走ったのに、ぐずる声さえしない。
アンナは子供を抱く手を見た。
「!」
血で真っ赤に染まっていた。心臓が気持ち悪い位に鼓動している。
アンナは子供を包んでいた布をめくった。
「あぁ……あぁぁ……っ」

子供の首が無かった。

刃物で斬られたのでもなく、まるで大きな手でもぎ取られたかのようだった。
アンナは無い子供の首に触れた。
生温かい、ぬるりとしたものが手を染めた。

「あぁ、あぁぁぁぁぁ……!」

アンナは言葉にならない声で泣き叫んだ。





それから『悪霊谷』は村人に忘れ去られた。
人が集まっても話題には上らず、誰もその話をしようとしなかった。

あの後アンナがどうなったのか誰も知らない。
アンナの夫も帰って来なかったという。
















レイヴンは話し終え、蝋燭を吹き消した。
バンだけで無く、フィーネも小さく震えていた。それに僅かに涙ぐんでいる。
「なんか、悲しい話しね」
そう言って、フィーネは目を拭った。


「で、次は誰?」
消えた蝋燭を片付けながらリーゼが言った。
「最後の一本は言い出しっぺがやるんじゃなかったっけ?」
バンが言った。
「俺は言ってないぞ」
トーマが言った。
「私もよ」
フィーネも続いた。
「じゃあ、」
今度はレイヴンを見たが、今話したばかりなので違った。リーゼも違う。
「じゃあ、誰が……?」


辺りがしんと静まり返った。蝋燭だけがチリチリと燃える音が聞こえる。
すると、突風が吹き蝋燭の火が一瞬で消えた。

風音に紛れて、何かが聞こえた気がした。







終。




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あきゅろす。
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