「お茶、うまかった。ありがとう」
「こちらこそ。ご一緒できて良かったです」
椅子から立ち上がってごそごそとポケットを探っていた彼は、やがて申し訳なさそうな顔をした。
「……すまない、財布を忘れてきてしまったみたいだ」
「いえ、御代などよろしいですよ」
「しかし……あ、そうだ」
彼は思い出した、という顔をすると今度はコートの内ポケットから動物の形をしたオブジェを取り出した。
丸みを帯びていて、手のひらに収まる大きさだ。
「手製のもので申し訳ないが……」
「わぁ、可愛いブタですねー」
「……猫だ」
二人の間に一瞬の間が空いた。
「あぁ本当だ猫ですねー」
「……」
わぁ可愛いなぁー等と言っている店主を半目で見つつ、彼はそれを店主に手渡した。
「売り物か、飾りにでも使ってくれ」
「ありがとうございます」
彼はその猫(らしきもの)を店主に渡すと、扉に向かった。そして扉に手をかけてぴたりと止まり、振り返った。
「……そうだ、俺は気の赴くままにここまで歩いてきたから、どういう道順でここまで来たか覚えていないんだ」
「あぁ、それなら大丈夫です。帰りはすんなりと戻れるはずですよ」
「そうなのか?」
「えぇ、そういう仕組みになっています」
彼は、仕組みってなんだ、と思いつつ新たに浮かんできた疑問を口にした。
「じゃあ、またこの店に来たくなった時に、何か目じるしになるものは?」
「無いですねー」
「……ひとつも?」
「えぇ、ひとつも」
店主は悪びれることもなくにこにこと答え、彼は少し呆気にとられた。
どうしたものか、と彼が考えていると、店主が口を開いた。
ランプの柔らかな灯りに照らされた、穏やかな微笑み。
「またいつでもお越しいただけますよ。あなたが望んでくださるなら、どんな時でも」
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