短編小説
3
「えっミチルの噂?」
奥の部屋に移動して仲居さんに例の話をしてみると、どうやら心当たりがあったようだ。
「何か知ってるんですか!?」
「いや、だってどう考えても溢君のことっしょ」
…………ああ、確かにミチルとミツルで聞き間違えやすいかも?
「でも女の子なんですよ。しかもロングヘアの」
「……ちょっと冴さんどういうことですか、まさかミチルに溢君を重ねグアッ……!」
……うん、いちいち余計なこと言う仲居さんが悪い。
俺は厚い漫画雑誌を投げつけた冴を見過ごした。
「え〜……でも目撃情報があるってことは冴さんの知り合いなわけなんだから、冴さんが知らないはずないんじゃないですか?」
仲居さんが責めるように冴に言った。
なにかやましいことがあるとでも疑っているようだ。
「言っておくがここ数ヶ月、話した女は2人だけだぞ」
「じゃあそのどっちかじゃん」
「お前んとこのおばさんと俺んちのばばあだっつの」
冴の言葉に俺は思わず顔を覆った。
ちょっと泣ける話である。
モテないことに定評のある俺でさえちょっと会話を交わすくらいの知り合いはいるのに。
……そういえばその子達がかっこいいけど怖すぎ……とか言って冴がうちのクラスに来る度青ざめてたっけ……。
冴の不憫すぎる交友状況に肩が震えているけど、決して馬鹿にして笑っているわけではない。
うんそう本当に。
イケメンのくせになにやってんだよだっせーとかそんなこと思っているわけではない。
震えが落ち着いて顔を上げると冴がなんとも言えない顔でこっちを見ていた。
その視線にフッと微笑んで応えると冴は顔を凶悪に歪め、かなり手加減はしてあるがそれでもそれなりの威力のある拳を俺の頭部に落とした。
まじいてぇ……
でも慣れた痛みなので取り立てて騒がない俺。
さすが幼なじみだと我ながら思う。
「……俺のときと随分威力が違う気が」
「何が言いてえ……」
ポツリと洩らす仲居さんを冴が静かに睨む。
「もう冴さんそういう顔やめてくださいよ。ほら、お詫びのコーラ」
缶を差し出されると冴は素直にそれを受け取り煽った。
冴は炭酸好きだからなー。
缶を手に取った冴は何か思うものがあったらしくジイッとそれを見つめている。
「どうした?」
「……やっぱミチルってお前だわ」
突然どうしたんだこいつは。
「でもロングヘアの女性って……」
「それは俺のばばあのことだ」
(あれ?炭酸じゃないんだ?オレンジジュース好きだっけ?)
『ああ……好きだぜ、ミツルが』
『ふふっ、私も!』(もう一本買っちゃおっと!)
「あ〜……前後の会話が聞こえてなかったパターンね……」
「ったく、20代とかいうから気づかなかったぜ」
美魔女だよな、冴ママ。
くだらなかった真相に対する感想はそのくらいだ。
まあ所詮噂自体もくだらなかったしなー。
「…………あれ?てことはなに、冴ってお母さんと話すときそんなデレデレした顔してんの?」
「てめぇ人をマザコンにしてんじゃねぇぞ溢!」
冴は烈火の如く怒りメキャッとコーラの缶が潰された。
なんか可哀想……缶……。
「多分溢君と電話してるときの顔だったんじゃない?ねえ冴さん?」
「知るか!」
俺と話してるといつもより優しげな顔になる?
そんなことないはずだ。
こいつは見知らぬ奴でも見知った俺でも態度はほぼ変わらないぞ。
終始変わらず俺様王様冴様だ。
強いて言えば、俺以外の奴だとちょっと口数が減るかな……?
俺は仲居さんの言葉に首を傾げる。
彼は微笑ましいものを見るかのように笑って更に言葉を続けた。
「いつも、というわけではないけどね。たまに目を疑うような甘い表情してるように思うよ」
仲居さんの言葉に冴が目を見開いた。
なんで俺よりも驚いてんだよ本人……。
呆れた目で冴を眺める。
パチリと目が合った。
しばらく見つめ合いどちらからともなく逸らされる。
俺も冴もひどく顔が赤いように思える。
ごゆっくり、だなんて言い残し仲居さんが部屋を出た。
「……冴、」
「っ俺も出る、着いてくんなよ!」
「っおいちょっと……!」
声をかけると、ハッとして冴が俺に言い放った。
反射的に引き留めようとするがバッと俺を振り払い扉に向かう冴。
「……ほんと素直じゃないな」
その背中を眺め改めて思い、俺は思わずヘラリと笑った。
俺は安達 溢。
顔も、頭もオーラも平凡。
類い希なる平ボーイな俺だけど、一個だけ特別なとこがある。
あいつの隣にいれること。
きっと、おそらく、絶対に。
それは俺だけに許された特権なのだ。
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