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短編小説
見えない世界

何を話していても曖昧な彼。
どこにも敵を作らないように軽快に、そして淡々と。

弧を描く口に動かない瞳。
放つ言葉の軽さの分、彼の心には行き場のない感情がどっさりと溜まっているように思えた。

いつか、壊れてしまわないか。

危ういものを感じて以来、俺は彼から目を離せないでいる。




「金田裕一、東雲しずる、ちょっと……」

「へ〜い」

「……ねえゆっちー、もうクロ様のこと追っかけ回すの止めなーい……?」


据わった目をした木村先生が今日も俺達2人の名前を呼んだ。
話の内容がわかっているからか、重々しい先生の声にも軽い調子でゆっちーは返事をする。
でも、内容が見え透いているからこそ俺は眉をしかめた。


「お前等に説教してもう6度目になるはずなんだがな。
黒澤君の邪魔をするのはよしなさい。執行妨害は御法度だと……」

「妨害だなんて!俺ら先輩に憧れて眺めてるだけって言ってるじゃないっすかー」


困った顔だけ作ってヘラヘラ笑いながらゆっちーが言った。
ゆっちーのふざけたような態度にきむ先はいい加減にしろ!と声を張り上げる。


「お前は彼に近寄って悪目立ちしたいだけだろうが!」


茶化しているだけで、ゆっちーの目当ては本当に黒澤会長を眺めることだ。
でも、それを知らないきむ先はキッと俺を睨みつける。


「東雲!一時の気の迷いで黒澤君に近づくのはあれほど危険だと……!
そもそも彼とお前とじゃ釣り合わん!諦めなさい!」

「はあいーっ!?」


なんで周りは俺が会長のこと狙ってるみたいに思うんだろ。
当の本人ゆっちーに目を向けると、ぺろりと舌を出して手を合わせている。
音声をつけるとしたらごめんちょ☆ってところか。
一体彼にどれほど謝る気があるだろうか。
俺の見立てだと毛根ほどもないね。

今すぐゆっちーを引っぱたきたい所だけど、今はきむ先を躱さなきゃいけない。
彼も年だしあまり興奮させない方がいいだろう。


「もう、きむ先ひどすぎるよー!クロネコ様が10だとしたら俺だってきっと7くらいはあるよー!」

「よしよし、しずる。そうだよな。
お前は8だよ。隣に並んでも恥ずかしくないよ!」


きむ先はそれなりに厳しい先生だけど俺たちのコントを見ると割とあっさり解放してくれる。
楽しんでくれてるのか相手をしたくないのかはわからないけど。

ともかく俺は泣き真似をしながらゆっちーに飛びつく。
ゆっちーはわざとらしい悲しげな、優しそうな表情で俺を受け止め頭を撫でた。

ゆっちーはきっと8.5くらいかな。
彼は所謂中の上という立ち位置で全体的なスペックは高いのだ。

そんなことを考えている内にきむ先は目論見通り立ち去っていった。




「まだ続けるの〜?」

「あたぼー」


説教を切り抜けて放課後、懲りずに会長を付け回そうと俺を引っ張って生徒会室に向かうゆっちー。
会長に会うときは、彼の無感動な瞳が唯一わかりやすく熱を持つ。

その表情に俺はちょっと妬いた。
ゆっちーの心を動かすのは、俺がよかったのに。


「馬鹿ゆっちーーー!」

「どうした馬鹿しずる?」


ゆっちーを会いに行かせたくない。
だけど引き止めたって行ってしまうんならせめて、ついていきたいと思うんだ。
ゆっちーがいつもより生き生きと笑う姿を、俺ではなく会長に向けられるその笑顔を、目に焼き付けたい。

むくれながら着いていく俺を、ゆっちーがからかうように笑った。



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