Andante 晩餐2 騒いでいる内にいつの間にか食堂についてしまった。 ミスったな、道全然覚えてねぇや……。 ほんのりしょぼくれながら俺は食堂に目をやった。 食堂も予想通り広い。 体育館並の広さがあって、生徒全員が押し寄せてもあぶれることなく座れそうな規模だ。 「夏休みなのに全然人が多いんだな」 一体何人くらい居るんだろう。 空席を探すのに少し手間取るくらい利用者がいる。 普段ならともかく長期休み中なのにこんなに生徒が残ってるとは。 「基本夏休みでもあんま帰らないんだ。 おい、空いてる席探すぞ」 これが普通だ、といった顔で慧が言う。 大きめの机がたくさん並んでいて誰も使ってない机を探すとなるとそこそこ時間がかかりそうだ。 これだけ大きいなら離れたところで相席しても問題ないと思うんだけどな。 内心思いつつも慧の背中に着いて一緒に席を探す。 空席を探してキョロキョロしていると、何人かと目があった。 やっぱり新顔って目立つのかも知れない。 目が合ったままだったから、挨拶しておこうと笑顔で会釈をする。 すると彼らはパアッと顔を輝かせ、笑顔で手を振ってくれた。 歓迎してくれたようで何よりだ。 そのまま通り過ぎようとしたんだけれど、何かを相談するように顔をつきあわせた彼らは、なんでかその内の一人を俺の元へ寄こしてきた。 慌ててパタパタと駆け寄ってくる彼に少し驚く。 まさかわざわざ声までかけに来てくれるなんて。 仲良くなろうとしてくれる彼を無碍にも出来ず、俺は足を止めて彼を待った。 慧の背中はいつの間にか遠いところにあり、待ってと声をかけるわけにもいかなくて、俺は内心焦りを感じていた。 急がないと本気ではぐれてしまいそうだ。 「あ、あの……!」 俺の前にやってきたのは、恐らく成長期半ばなのだろう、俺よりもいくらか背の低い、幼い感じの人だった。 「俺、氷柳錬。よろしく」 よっぽど急いできてくれたのだろうか、顔を真っ赤にして言いよどむ彼に代わり俺から挨拶をした。 彼はゆるく握った手で口元を隠しつつ、照れたようによろしくね……、と返した。 なかなかの恥ずかしがりの様だ。 それでも声をかけに来てくれるなんてすごいいい人だな。 この人は誰なんだろうか、と言葉を待ち彼を見つめる。 彼が慌てて口を開いたその時、グッと俺の肩が引かれた。 「おい、何やってるんだよ」 険しい顔をした慧がそこにはいた。 初めて聞いた慧のピリピリした声が、俺と彼の間に割り入る。 「え?」 慧の様子に俺は思わず目を丸くした。 慧は敵対心を剥き出しに彼を睨むと、乱暴に俺の腕を掴んでそのまま引きずって行った。 「お、おい、慧?」 見るからに様子のおかしい慧に戸惑いつつも声をかける。 「……離れるなって、言ったのに」 振り返らないまま、慧はぽつりとそう言った。 「ごめん、あの人わざわざ声掛けに来てくれて……」 はぐれる前に見つけてくれたのは助かったけど、あの場に割り入るのはどういう事だろう。 折角仲良くなれそうだったのに、結局俺はあの人の名前を聞けなかった。 「あの、慧。もう大丈夫だから、手……」 ちょっと腑に落ちないままそう告げると、慧はゆっくり足を止め、手を離して俺を振り返った。 その顔は怒りと言うよりは、警戒、威嚇。そんな感じの表情に見えた。 「お前、知らない奴に声掛けられたからってついて行くの本当止めろよ。学校の中だと思って油断してると痛い目に遭うぞ」 そう告げると、慧はくるりと背を向けさっさと足を動かす。 俺は慧の言葉にあっけにとられながらも、慌ててその後を追い掛けた。 「どういう意味だ?さっきの人、なにかまずい人?」 慧の横に並び、俺は先程の彼のことを尋ねる。 慧の眉間の皺が深くなった。 「錬は、親衛隊の話は聞いたか?」 「……人気のある生徒につくファンクラブみたいなやつだろ?」 「……まあ、そんな感じ」 慧は俺の大雑把な認識にちょっと迷いながら頷くと、目だけでザッと辺りを見渡した。 俺も慧に釣られて目を向ける。 食事や談笑を楽しんでいる大勢の生徒達。 その中の大半が今、俺たちに視線を向けていた。 俺は少しビクリとして慧に視線を戻した。 慧は無表情で、ただ前を見て話し始めた。 「寮に残った奴らは大抵部活がある奴か親衛隊のどっちかだ。 ……さっきの奴は親衛隊。生徒会の奴らとか、保護対象の顔拝むためだけに残ってんだよ」 淡々と話す慧が、ちらりと俺を伺った。 俺は何も言えなかった。 慧が『親衛隊』に対してよく思っていないことがはっきと伝わってきたから。 先程の慧は、彼が親衛隊だから、それだけで俺との間を割り裂いたのだろうか。 だとしたらそれは……。 「あいつ、急に声掛けてきたんだろ? わけわかんねーよな。何がしたいんだっての」 黙り込んでしまった俺に、慧が取り繕うように明るい声で話し掛けてくる。 愚痴を言いながらも、さっきまでの怖い顔が嘘のように、今はもう穏やかに目を細めている。 確かに、どうしてわざわざ声をかけてきたのかは俺にもわからなかった。 けれど、仲良くしようとしてくれてたのは間違いないはずだ。 『下手に近づくと本当に危険なんだ』 警戒を促す理事長の言葉が不意に頭の中に浮かんだ。 ……本人から言われてないからわからないけど、もし、慧に親衛隊があったとしたら。 もし、さっきの彼が慧の親衛隊だったとしたら。 俺は危険に近寄っていってしまっていたのだろうか。 けれど、先程の彼からは悪意なんてちっとも感じられなかった。 親衛隊だから、親衛隊持ちだから。 それだけで人を避ける事が、本当に必要なのだろうか。 よそ者の俺が抱いた小さな疑問は、言葉にならないままグルグルと俺の胸の内を引っかき回していた。 そんな俺の胸の内を知ってか知らずか、慧は周りの視線なんて気にしていないように淡々と通路を歩く。 それになんとかついて行きようやく空いている席へたどり着くと、慧はへなりと眉を下げ、困ったように笑った。 「悪いな」 「え?」 「このうざったい視線。 一緒にいるのが俺じゃなかったらもうちょい少なかったはずだ」 何のこと、と眉を上げる俺に慧が複雑そうに笑って言った。 俺じゃなかったら、なんてそんな事言って欲しくないのに。 「転入生だし目立つのくらい覚悟してたって。連れてきてくれたのが慧でよかったと思ってるよ!」 だから、謝って欲しくなんかなかった。 むしろ…… 「ありがとう。面倒見てくれて、心配してくれて」 困ったような笑顔じゃなくて、普通に笑って欲しい。 寮で見た様な、見惚れるようないい顔で。 俺は素直に慧に思いを告げた。 慧はぽかんと俺を見つめていたが、やがてニッと唇を持ち上げた。 「当然だろ、ルームメイトなんだからな!」 「うおっ」 慧が勢いよく肩を組んできて、若干よろけつつもなんとかそれを受け止める。 慧は俺の見たかった顔で、イタズラっぽく笑っていた。 見つめ合ってしまうと余計に照れくさい。 俺達は堪えきれなくてプッと噴き出した。 [*前へ][次へ#] [戻る] |