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Andante
電話

一番最初にその人を見たのは舞台の上。
マイクを通して伝えられる言葉は台本があるかのようにとても流暢だった。

誠実さとか勤勉さとかを匂わすはずのその態度が、幼い僕にはどこか狡猾に映った。

純真無垢であったに違いない6歳の頃の僕が、理事長に持ったのはこの印象だった。

加えて中等部に上がってみたら彼に関するブラックな話も大々的に広まっていた。

これが僕が理事長を好かない主な理由である。


僕はたどり着いた部屋の前でふぅ、と一呼吸置くと、憂鬱な面持ちでドアをたたいた。


「…………」


ノックをしても返事がなく、僕は小さく扉を開いて覗いて見た。

中にはちゃんと理事長がいた。
重々しい机の脇に佇み、窓を開けはなして外を眺めていた。
その手に携帯を持ち、今はただ黙って頷いている。


「……はい、問題ないですよ」


静かな声で理事長が返した。
聞き慣れない敬語に漂う切なさと慈愛。


「けど錬君に内緒でいいんですか?
………………そうですね。
……わかりました、ではそのようにしましょう」


僕には皆目見当のつかない通話が終わった。
僕はそっと扉を閉めきり、まるで今到着したかのように装い再び部屋をノックした。

少し間を空けて、どうぞと返事が返ってくる。


「失礼します」


目に入る理事長のいつも通りの笑み。
湧き上がる居心地の悪さ。


「いらっしゃい。どうだい?最近、変わりないかな?」

「はい、変わらず元気です」

「それはよかった」


理事長の笑みが深まる。

お互いこんなにニコニコしてるのに心の中ではなにを思うのか、考えるとどうしても楽しい気分にはならない。


「それで理事長、今日はどういったご用件でしょう?」

「ああ、うん……氷柳君のことなんだけどね」


恐る恐る、といった感じで理事長が切り出す。
やけに下出にでる様子が妙に嘘くさい。


「氷柳君……?ああ、転入生君のことですか?」


みんなそればっかり。
揃いも揃って彼のことを知りたがる。


「違うクラスなので僕にはよくわからないです……」

「そうだよね」


白々しく答える僕に、理事長は普段通りにんまりと笑っていた。
そう、僕はまだ氷柳錬を何も知らない。
……知る義務がある。もっと、たくさん。
時雨様は、彼をチームメイトとして認めているから。
彼がその思いを裏切らずにいられるか、僕はこの目で見届けなければ。

僕はニコニコと目の前の男を見つめた。
さっきの電話の内容はハッキリしないが、もしかしたらこの人も、氷柳錬に何らかのちょっかいを出してくるかもしれない。

そう思うとますます理事長に対して嫌悪感が湧いた。

時雨様の望みは僕の望みでもある。
だから僕は心から、彼が無事に学園生活を送れるといいと思う。

何かを隠し笑うキツネを、僕は内心睨みつけた。


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あきゅろす。
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