Andante
襲来2
「氷柳君」
明石君のどこか意味ありげな表情に、何かやらかしただろうかと口を噤む。
彼はフッと表情を緩めた。
「早くお弁当食べちゃった方がいいと思うよ?」
ニッコリと笑う明石君に俺はハッとしてご飯をかき込む。
お粗末に咀嚼し食事を終えると、丁度そのタイミングで予鈴がなった。
「もうお昼休み終わっちゃうねえ。僕も戻ろうかな」
今までニコニコと暇そうにしていた明石君が立ち上がる。
結局何のために来たのだろうと彼の背中を見つめながら思う。
「……ねえ、氷柳君」
明石君はドアの手前で俺を振り返り尋ねた。
「時雨様が好き?」
「もちろん」
……今までの意味のわからない質問はなんだったんだろう。
直球的なその質問に思わず素直な言葉を返してしまう。
それを聞いても明石君は柔らかく笑って、俺を真っ直ぐに見据えて口を開く。
「……僕も好きだよ」
俺が明石君から目を反らせないでいる中、彼はフイと向きを変えてあっさりと自分の教室へと戻っていく。
入れ替わりに今まで教室を空けていたクラスメートが入ってきた。
時雨が好きな明石君。
恋じゃないにしても俺は時雨を好きだと言ってしまって、親衛隊である彼が誤解しないとは言い切れない。
ずっと笑顔だったけれど、本当に心から笑っているわけではないのだと思うと読めない意図に改めて彼を恐いと感じる。
ぼんやりと考える中、慧が大きい箱と先生を連れてやってきた。
2人が箱を教卓に置こうとするが誤ってひっくり返し、ガシャーンと結構な音を立て地球儀が散乱した。
「わ、割れたー!」
先生が取り乱して地球儀の破片のもとへ座り込む。
「やっぱりクラス全員分の地球儀を運ぶのは無茶ですよ……」
めちゃめちゃ重かった、と慧が困りながらボソッと呟く。
思わぬ惨事と2人の温度差に俺は不謹慎ながらも頬をゆるめてしまった。
慧には明石君と接触したことを言わなかった。
あれ以降、明石君も親衛隊も接触してくることもなったから。
ただ、クラスの人の態度はどことなく変わった気がする。
以前は普通に話していた子が何となく余所余所しくなったり、仲間君も急に大人しくなって向こうからは声をかけてこなくなった。
でも相葉君は相変わらずだった。
視線が重なれば会釈を交わしあい、けれど会話らしい会話はしない。
清々しいまでにクラスメートだな、なんて思う。
まあ何にせよ、手荒らな真似をしてきそうな輩はいなかった。
身構えすぎだったかな、なんて思いながら俺は自室の浴槽を洗うのだった。
う〜ん、日常。
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