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雪月花
22
「さて、そろそろ行こうか?近所の人に見られると何かと厄介だろう?」
そう言って、葉月さんは俺を促した。
確かに、急に俺だけが荷物をまとめて出て行く姿はあまり見られたくない。何より、近所はうちが襲来を受けたことを知っているのか?

「そうだな…6時半までには終わらせよう」
車に乗り込むや、葉月さんは現在時刻を確認して終了予定時間の目処を立てる。
「はい」
葉月さんの車は車高の低い外車だ。中は新車並にピカピカで、高級感に溢れている。これこそ居心地が悪い。
「よし、じゃあ出す―――」

コンコン。
出発寸前の車内に伝わった音の正体は薫だ。小さな手で車の窓ガラスを叩いている。
俺もそれに気がつくと何事かと窓を半分開け、
「どうした?」
「あ…い、行ってらっしゃい!」
薫は勢い良くペコリとオカッパ頭を下げ、次いでゴツンとその頭を車にぶつけた。
「お…おい…」
「大丈夫です…あ、だ、大丈夫♪」
痛みからか涙目になり、それでも満面の笑みを浮かべる。
たった一言のソレが言いたかったらしい。
毎日の生活で一回は必ず飛び交うであろう、その言葉。
「ああ、行って来る」
俺の返事に薫は更に笑みを浮かべる。
こんなたった一言二言の会話で幸せそうに…
「行くよ?」
「はい」
サイドミラーに小さく手を振る薫に見送られ、俺を乗せた葉月カーは廃墟となった黒霧家へと向かって行った。


「…まじかよ」
俺は家の中を見て驚愕した。あの日荒れに荒れた黒霧の家は、まるで何事もなかったかのように綺麗になっていたのだ。
そこに足りないのはおじさんとおばさんだけ。整えられた家には生活感と言うモノが皆無だった。
玄関の靴置きの上にいつも溜まっていた埃の塊さえも綺麗になっている。一体誰が片付けた…?
「さて、早いところ終わらせよう」
と、葉月さんはまるでこの家の間取りを知っているかのように二階へと上がって行く。
…まさか、これはあんたがやったのか?


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