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雪月花
12
「薫?」
薫の部屋の前、一応襖をノックする。軟弱とか言っていたから死んでないか心配だったが案の定、すぐに返事が戻って来た。
「…はい?」
「晩飯、もうすぐ出来るってよ」
と、襖越しに言ってやると、
「すぐ行きますから、先に食べてて下さい」
「…へいへい」
中で何をしてるのかは判らんが、ここはお言葉に甘えるとしよう。今日一日、ほとんど何も食べて居なかったからな。


「……」
まず我が目を疑った。こいつは中学生が作る料理なのかってな。
「す、すげぇな…」
「えへへぇ〜」
驚嘆する俺の傍ら、友真は照れてポリポリと鼻の頭を掻いている。
しかし本当に凄いのだ。
色鮮やかなだけでなく形も、何から何まで凝っている。まるで高級レストランのフルコースのような豪華さだ。
これで味も完璧だったらマジで凄いぞ?
「じゃあ先に食べちゃいましょうか♪」
「ふむ」
こんな大層な料理を置いて薫は何をしているのだろう。頻繁に食べ過ぎて舌が肥えちまったか?
まぁそのうち降りて来るだろうと言う結論に至り、俺と友真は一足先にソイツをいただく事にした。
「いただきまぁす」
目の前のミートボールを摘み上げ、パクリとな。

スドドン――――
的な効果音がピッタリだ。俺の口の中に雷が落ちやがった。
「お口に合いますでしょうか…?」
なんて、友真は不安げに俺の顔を覗き込みながら問うて来る。しかしその傍らではどこか自信の色も見て取れる。

む…こいつは凄まじい。
「まずいな…」
「えっ――――」
俺の口の何とも浅はかな事か。不意に飛び出した言葉は、友真の瞳の中で涙の大洪水を起こさせた。
「ごめんなさい…調子に乗って作りすぎました…
無理して食べなくていいですからっ…!」
顔を両手で覆いながら声を震わせる橘シェフ。
俺は俺でしまったと言わんばかりに弁解に走る。女の涙ってやつは何か苦手だ。
「いや、そう言う意味じゃない!誤解させて悪かった!!
俺の意思が揺らいじまっただけだ!!さっきのまずいはそっちの意味だ!!!」

肩で息をしながら何とか説明を終えた俺。無我夢中になっていたためか、自分が立っていた事に漸く気付いた。
そして友真は本当ですか、と涙目で俺を見上げる。
「本当だ」
友真の料理は真面目に美味い。下手すりゃそこらの飯屋より美味いのだ。
そのせいだ。そのせいで俺は昨日までの信念を曲げてしまいそうな場所に立っている。


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あきゅろす。
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