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雪月花

おばさんやおじさん。皆で笑いながら暮らして来た、全てを失った俺に残されたたった一つの帰る場所。
今回の話に乗ると言う事は、それを捨てるという事だ。
思い出も、何もかもを―――――。
「何もかもを捨てろと言う訳じゃない」
重い口を開いたのは葉月氏だった。
「確かに黒霧の家には君の家族との思い出が詰まっているかもしれない。だけど思い出なんて言うモノは、自分自身の中に残るモノじゃないのかな? もちろん君の中にも」
いや、あんたは何も判っちゃいない…。
「ん?」
「不安だったんだよ…。外傷はなかったのに、医者には自分が記憶喪失だと聞かされて、前の家族の事なんて何一つ思い出せやしない。どんな家だったかも、家族の名前も、声も顔も。何も判んなかったんだ!手探りだったんだよ!!黒霧が俺を引き取りに来てくるまでの毎日が!」
「忍くん、落ち着い――――」
宥める葉月氏の言葉など今の俺の耳には届かない。
俺は今まで言わなかった事を全て口にした。否、今まで言わなかったのではない。言いたくても言える相手がいなかっただけ…。
だが今なら言える。そんな気がしたから俺は――――。
「なんであの時迎えに来なかった!?なんで今さらなんだよ!?もう前の家族の事なんてどうでも良かったんだ!黒霧忍として、ちゃんと未来もあったんだよ!!
なのになんで…こんな事になってんだよ……」
あの時迎えに来ていてくれれば、黒霧を巻き込む事は無かったのかもしれない。
今さら、こんな時に迎えに来られても困るのは俺。
息子を放っておいた前の家族の事なんてどうでも良くなっていた…。
積もりに積もった感情をさらけ出した俺は、魂の抜けた人形のように黙り込んだ。
俯いた視線の先。畳の上に、大粒の涙が一粒落ちていった。
「…返事はまた明日聞くとするよ。詳しい話も、また明日にでも…ね?」
葉月氏が言った。そして答えない俺を諭すように続ける。


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