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雪月花
10
「あの滑り台の上から神童は落っこちたんだっけな」
「今思えば大した高さじゃないんすけどね。
ガキの頃は結構高く感じたんすよね、アレ」
言いながら、俺もしみじみと昔を思い出し、あれから成長したんだなぁと実感した。

だがこれだけは言っておく。
神童の頭のネジは、あの滑り台から落ちたことによってハズレたワケではない。
その遥か前、俺と出会った時には既にヤツの頭のネジはどこかに吹っ飛んでいた。
本人曰く「そんなものは遠い季節に置いてきた」らしいが、今はアイツの事はどうでもいいな。

「そうだ、先輩。噂耳にしましたよ?
高校でも陸上続けてたんすね。何か有名な大学からオファー来てたとか!」

そう、氷室先輩は中学時代から陸上部に所属していた。
主に短距離走をメインとするスプリンターだったが、その持ち前の高い身体能力から、走り幅跳びや高跳びと、幅広く活躍していた。
当時から大会で記録を残す程の選手である事は知っていたが、まさか有名大学からオファーが来る程だったとは。
つくづく氷室先輩って存在は凄いと思う。

しかし当の本人は、
「あぁ、まぁな」
と、どこか浮かない顔をしていた。

何かまずい事言っちまったか、俺?

「…その大学には行ってないんだ、俺」
「え!?何故に!?」
「いやぁ、確かに中高と陸上部やって来たけどさ、他にやりたい事が出来ちまってな。
そんな俺が本気で国体を目指すような連中と一緒にやるのは失礼かなって」
そう言う氷室先輩は微塵も後悔してないみたいだった。

「他にやりたい事ってのは…?」
と俺が問うと、氷室先輩は少しだけ恥ずかしそうに、
「写真だよ」
「写真?」
「あぁ。高校の2年くらいからかな、写真を撮ることにハマってさ。
写真部のある大学に入ったんだ」
「オファーを蹴って!?」
「まぁな」

先輩はヘラヘラと笑ってやがる。

この人は昔からこうなのだ。
自分を持っていると言うか、とことん我が道を行くと言うか。
悪く言ってしまえば自分勝手なだけなのだが、絶対に周りに流されない。
今時珍しい若者なのである。

俺がそんな先輩の生き方に多大な影響を受けたのも事実。
先輩のように自分の意見を大事にしようとここまで生きては来てみたが、それは簡単な事ではなかった。

自分を出し続けるって事は、やはり多かれ少なかれ敵を作る。
別に全員が自分の意見に賛成してくれるとは思っちゃいなかったが…

自分を出した結果が、今の俺である。
誰の色にも染まらなかったせいか、やれ自分勝手だのひねくれ者だの言われ、すっかり不良扱いだ。

そんな生き方も、先輩は簡単にやってのける。
そりゃ先輩と言えどオファーを蹴ったり、決断を迫られた時は悩んだりするんだろうが、胸を張って自分の道を突き進めると言うのは心から凄いと思うのだ。

オファーなんて来たら、俺なら喜んで飛び付いてしまうだろうさ。
成功するかも判らない道に進むより、ある程度未来が約束された道を行く方が精神的にも余裕が出来るしな。


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あきゅろす。
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