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雪月花

―――楠木運動公園。

「く、来るな!来るなぁああああ!!」
静寂に満ちた園内に、狂気に満ちた男の叫び声が響き渡った。
街灯の仄かな光に照らされ、男は恐怖に染まった醜い顔を露呈する。

園内を無様に逃げる男の後を、カツカツと渇いた足音と、暗闇の中で紅く光った目が追いかけた。

「何なんだよ!俺が何をしたってんだよぉおおおお!」
もつれそうになる足を必死に誤魔化しながら、男は広大な園内を駆け回る。

しかし、とにかく逃げ場を求めた先に待っていたのは、行く手を阻むように立ち並ぶ木々。
それらの間を縫うように走った男の願いも虚しく、男の足は無造作に広がった木の根に掬われ、その場に転倒した。

遂に逃げる気力を失った男はガタガタと震えながらその場にしゃがみこみ、ただただ助けを乞う。

――――誰に?

神に?

――――誰でも良い。


俺を助けてくれ、と。


男を執拗に付け回した足音は、男の後方で鳴り止んだ。
戦意も何も持たぬ男の後方で、
悪意が一方的に笑い出す。

ケタケタケタと。


紅い目をした悪意は喉の奥で笑いながら、うずくまるだけの男の背中へと手を触れた。

その瞬間、
「あ、あ゛ぁぁああああああ!!」
想像を絶する痛みが全身に走り、男は苦悶の声を上げる。
悪意に触れられた男の背中は瞬く間に腐蝕し皮膚は剥がれ落ち、その付近の細胞は組織としての機能を完全に停止させた。

そのまま紅い目の影は、鼻がひん曲がる程の腐臭を漂わせる男の背中から体内へと手を突っ込み、ビチャビチャと汚い音を立てながら男の生命の源である心臓を引っ張り出す。

轟く絶叫を紅い目が笑顔で聞きながら、

ぶちぶちと、
ソレを取り巻くように付いてきた毛細血管を引きちぎった。


時刻は23時。

園内にあるのは無惨な腐乱死体と、
そこから抜き取られた臓器を大口を開けて喰らう影と、

おびただしい量の血の海だけ――――



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あきゅろす。
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