雪月花
2
気がつけば、俺は広場まで歩いていた。
足を止め、黙って雪の積もったベンチを凝視する。
広場はこの敷地内のほぼ中枢部にあり、普段は利用者達の休憩場として使われていた。
視界は見飽きる程、どこもかしこも変わらず白一色。いい加減見ていて目が痛くなる。
ザシュ……
奇音に思考を遮られ、反射的に音のした方を振り向いた。
白一色の世界に一つ、黒い影が入り混ざっている。
俺はそれが、本日初めて目にした人影だと理解した。
距離にして200mくらいだろうか。
結構距離があるにも関わらず、人影はやけに大きく見える。
別に話をしたい訳でもないのに、何を考えたのか俺は再び歩き出した。
170m、150m―――
一方的に距離を縮めて行く。
影はその場から動かない。
100m、80m、75m―――人影の姿形をはっきり捕らえた所で、俺は足を止めた。
髪は長いが、体格から推測するに性別は男性。
身長は190cmと言ったところか…
男はこの冷たい雪の中、黒い着物一枚で立っている。
寒くないのか。なんて、そんな事は頭に無い。それよりももっと印象の強いモノが視界に飛び込んだのだから。
…とにかく赤い―――――
俺はそれを確認したくて、もう一歩だけ踏み出した。
男の足元の雪は白くはなく、ただ純粋に真っ赤。
地面だけでなく、その男の手も、顔も、露出した部分全てが赤い。
「―――血……」
知らずに声を上げていた。
さっきまで、当たり前のように機能していた体がピクリとも動かない。
男は静かに俺の方に視線を移すと、ジッ…と獲物を狙う肉食獣の様な鋭い眼指しで見据えて来た。
そこに言葉は無い。
男は九十度、俺の方に体を振り向けた。
その右手には、何か得体の知れないモノを持っている。
それはボーリングの玉ほどの大きさで、蛇口の緩まった水道の如く、赤い液体を滴らせている。
早く逃げろ――
逃げないと殺される―――
手に持っているのは人の首だ―――
さっきの奇妙な音の正体はソレだろう。
目の前にいるのは人殺し。
逃げなければ、今度は俺が殺される―――
[前へ][次へ]
[戻る]
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!