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雪月花
109

「外は寒いわ。餞別よ。ありがたく受け取りなさい」
昨日に引き続きやけに饒舌な六条は、最早定位置となった俺の部屋の入り口に寄りかかるように立ちながら、布団の上であぐらをかく俺へと何かを放り投げた。
「なるほど、カイロか。ってか餞別って、お前も一緒に来るんだからな?」
「わかってる。ただ、風邪でも引かれちゃ面倒だから。くれてやるわ」
なんて、六条は満ち足りた顔をする。
「まぁね、何でお前ってヤツはいつもいつも上から目線なのかは、もう聞かないでおいてやる。
変わりにこれだけは言わせてくれ。
このカイロは俺がこないだ学校行く時にコンビニで買ったやつだよな?
人の服勝手に着たり、人が買ったもんをあたかも自分の物のように扱って、あまつさえそれを人に譲るなよ。何なのお前。
自分の金で買ったもん貰っても毛ほども嬉しくないからね?」
「これぞキャッチアンドリリース」
イライラがそろそろ限界な俺に、六条は満足げに上記の様な、特に上手くもなんともないふざけた事を言ってくれる。

「マジ何なのお前?死ぬの?
こっちは後夜祭の約束を蹴ってまで特訓に付き合う事にしたんだ。いい加減にしないとさすがにキレるぞ」そうだ。今こうやってこの馬鹿女と家で会話しているのも、咲羅との約束を断ったからである。
今頃は皆、後夜祭で高校生らしい恋愛の話やら、進路の話やら、バイトの話やらをして盛り上がっているのだろう。
それが何だよ。何で俺はこれから吸血鬼退治だよ?
俺だってもっと高校生らしい事してーよ。

「そうね。約束を破らせてしまった事は申し訳ないと思う。
でも、勝手に約束したのはシノブよ。私はシノブがイヌガミさんと約束を取り付ける前から、今日も特訓に誘うつもりだったんだから。
私に許可なく勝手に約束したシノブも悪いわ。謝って」
何ゆえ!?理不尽にも程がある。
俺の怒りから歪んだ顔なんて気にも止めず、六条はいつもの様に俺の部屋の中に入ってくる。
そして、これまた定位置と化した俺の脇へと腰を下ろし、
「作戦は昨日と同じ。今日は私も全面的にバックアップする。
思う存分やりなさい」
俺は思わずチッ、と舌打ちした。六条の態度が気に食わなかったのもあるが、何より昨日のトラウマがあるからだ。
また近くで例のイカレ野郎の気配なんかを感じた日にゃ、そっちに行っちまうんだろうよ。
六条の言う事なんて信じられるか。俺の傍ら、さっき俺に放り投げたカイロを六条が無言で開封する。つくづく脳内が判らない女である。
そのまま六条はカイロを戦闘衣装の腹のベルト部分にねじ込んだ。
腹を温めようってハラなんだろうが、そのカイロ俺のだろ?
確かに受け取った後すぐ脇に置いたのは自分だが、別にいらないから置いたわけじゃない。
いい加減付き合いきれねぇよ。
未だかつてない傍若無人さで俺一人じゃ対処し切れん。

「それじゃ行くわよ。とにかく、1日でも早く吸血鬼を殲滅しなきゃ」
言って、六条は立ち上がった。
「ったく、随分なやる気だな」
「私はこの街の人を守らなきゃいけない。当然よ」
と、六条は真面目な面持ちで言い放つ。
そのまま一呼吸置き、小さな声で再び口を開いた。
「あんな突然の転入にも関わらず私に良くしてくれた学校の人の、そしてまだ会った事もない人達の、笑顔を守る事が私の使命だと思ってる」
そんな自意識過剰なセリフを吐く六条の、こいつにしては何とも珍しい柔らかい表情に、不覚にも俺は見とれてしまった。


六条は俺がノロノロとコートを羽織ったり、準備をしている間、入り口の壁に背中を合わせて俺の準備が整うのを待っていた。
「休み時間の度に質問責めにされるシチュエーションとか、ちょっと憧れていたしね」
勝手に会話を進める六条。
「転校生なんて滅多に来るもんじゃないから、物珍しいんだよ。でも、お喋り好きなクラスの連中と言えど、ぶっきらぼうなお前相手じゃ会話にならなかったろ?」
「そうね。皆すぐに席に戻って行ったわ」
…だろうな。
「どこから来たの?」と聞いたのに「あっち」何て答えられたとあっちゃ、それ以上質問する気も削がれちまう事だろう。
あまりクラス内での六条の動向に興味はなかったが、俺が居ない間、クラスの連中とどんな会話をしてるのか興味が出て来た。
ま、会話の内容なんかじゃなく、一体連中はどんな風にあしらわれているのか。
興味があるのはそっちなんだが。
「さて」
と、準備が出来た俺も腰を上げる。
完全に陽は落ちた。
街が寝静まるにはまだ早い時間だが、ヤツらはそろそろ動き出す。
出陣だ。

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あきゅろす。
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