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小説
1階奥の部屋の住人
「あの人、名前なんだっけ……」

人の名前を覚えるのが苦手だ。
引っ越してから1週間。ここに住んでいる人の中で、どうにも顔と名前が一致しない人がいる。

縁側から庭を眺めながら、1人ずつ思い出していく。

「隣が宮島くん、その反対側が斉木さんで……」

「おーい佐原、餅食うか?……何だ1人でブツブツ言って」
大家さんがやってきた。焼いた餅と醤油を載せた盆を持っている。

「いただきます。
……ところで何ていう人でしたっけ、あの人。えーと、こういう感じの」
「誰だよ……ほらもう1つ食べろ」
「いやもういいです。あの、宮島くんでも斉木さんでも相田さんでもない人……あ!橘さんだ!」
「それ俺だけど」
「あれ……」

と、障子が開いた。

「あっ」

どうしても名前を思い出せなかったその人が立っていた。



その人は俺たちの食べているものを見て顔色を変えた。
「その餅、冷蔵庫にあったやつじゃ……」

大家さんが答える。
「加納も食えよ。まだあるから」

そうだ。加納さんだ。わかって良かった。『あなたの名前を忘れたのでもっかい教えてください』とか言うのも失礼だし。

等と考えていたら、加納さんが
「それ、カビ生えてただろ!何で食べるんだよ」

「え……カビ?」
恐る恐る大家さんを見れば、
「カビてた所、取ったから大丈夫」
平然と言い切った。
「大丈夫じゃねぇよ」
「捨てるのももったいないし。よく焼いたし」
「だから何だよ!食うのやめろ」
「そう言えばさー、佐原がお前の名前覚えてないんだってさー。もう1週間も同じ釜の飯食ってんのに薄情な奴だよなー」
「ちょっ……何、話逸らしてんですか!人にカビた餅食わしといて」
唐突にこちらへ話が向いたので、慌てて話を戻す。
「ていうか、加納さん、カビ生えてるの知ってたならすぐ捨ててくれれば……」
「それは……ゴミ袋がなくて、物置まで取りに行って、途中で洗面所を通りかかったら埃とか水あかが気になって掃除してたんだよ!」
「そんなの後にすりゃいいのに!」

加納さんと言い合っている間に、大家さんが全部食べてしまった。




あとがき
年末に買った餅を4月頃に発見した、という設定です。季節外れで申し訳ないです。

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