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もう会話は終わりなんだろうか。
ちらりと横目で盗み見れば、クラスメイトはまた雑誌に手を伸ばしていて。
あっさりすぎやしないか…?
最後、相手が何を言ったか気になる。
もしかして…、いや、やっぱりと言えばいいのか。あの先輩は俺を覚えて探してはいるが、それほど気にしてもいないんじゃないかと思う。
俺の痛がる顔がいいと言って、俺を新しいオモチャにしようとしたが、見つからないならそれでいい。別に執着するほどではない、そんな存在なんじゃないだろうか、俺は。
そりゃ見つかったら酷いことになるかもしれないが、今まで先輩と会ったことがあるのは昼休みの廊下や全校集会、帰りの校門前、そしてあの時の保健室くらいだ。それも毎日じゃなくて忘れた頃、時々だ。
だから昼休みはじっとして、全校集会はサボって、帰りは時間をずらせばいい。
この間考えた“先輩と会わないですむ方法”よりはるかにキツイ、特に早く帰りたい俺にとって帰り時間をずらすということが。けれど仕方ない。
普通人間の俺にはこうやって逃げ道を探すしかないんだ。
意を決するが、それでもぐだぐだと同じことが頭をよぎる。
“ばれたらどうなるんだろう…”
いっそのこと、先輩が学校を辞めてくれたら、なんてところまでいって。
気が付けば、SHRも終っていて、1限が始まろうとしていた。
7限、とうとう移動の時間となって仲間の佐々岡が俺の元にやってきた。
こいつも俺と一緒で極普通の人種。可もなく不可もなく。
一つ、実行する。
「なー。これから移動するときさー久保たちと一緒にいかないか?」
久保は柔道部で、でかい。身長は190センチ以上、体重も100キロ超の俺にしてみたら巨人のような存在。
これからはそいつの陰に隠れて移動しようと思ってのこと。
少しでも“俺”という存在をかき消してしまうために。
「久保? いーけど」
佐々岡のOKが出て、さっそく久保に駆け寄る。久保はけっしてかっこいいとは言えない外見。しかし人のいい笑顔で快く承諾してくれた。
女からは“いい人”で終るタイプだなと失礼なことを思った。
久保の背を見ながら歩いた。否、久保の背に隠れながら歩く。
まるでぬりかべだ。前が見えない。いつもなら邪魔だと思ってしまう巨体も今日ほど頼りになるものだとは。
下を向いて含み笑いをする俺に佐々岡は「薄気味悪い」と言ってきたが、それを鼻で笑ってやるほど俺は余裕があった。
授業が終わり、教室に帰るときも久保に隠れて歩く。
俺の考えは成功モノだと思っていた。
考えが浅いなんて、自分で気が付かないし。
目の前を歩く巨体は隠れるために丁度いいけど、その巨体だけあって目立つなんてことはすっかり忘れていた。
人より頭一つ飛び出ているような人間だ。目に入りやすい。
くだらないことを話しながら渡り廊下を歩いていると、ガシっと後ろから髪の毛を鷲掴みされた。
視聴覚室を最後に出てきたのは俺たち。だから後ろには誰もいないはずだったのに…。
「いだっ!」
捕まれた髪の毛を後ろに引っ張られ、顎があがる。
俺の声に気付いた佐々岡や久保、クラスメイトはみんな俺の後ろを見た瞬間、驚いた顔をした。そしておろおろとし始めて俺と、俺の後ろを交互に見やっていて。
正義感溢れる久保はこんなとき真っ先に助けてくれるが、流れる血が完全に体育会系のため年上に逆らうことは絶対にしない。
だから分かった。
これは二年じゃない。ましてや一年でも。
それにふわりと漂うこの男らしくていい匂いには記憶があった。
目の前にいるクラスメイト達は顔が青くなったまま固まっていて、そのあまりのバカ面に同じく凍り付いていた俺の気分が少しだけ和らいだ。まぁそれも気休め程度のものだったけど。
こんなに早く見つかってしまうとは。
俺の運のなさはトップクラスだ。
「よぉ…。お元気だったー? タイジくん」
ああ、そうでした。
名前はタイジって言いましたっけ。
「お前、嘘付くなんていい度胸してますね、スゴイですよ。散々探させて頂きましたよ」
気持ち悪いくらいのわざとらしい敬語は、俺の体温をどんどん奪っていく。
髪の毛を引っ張る力が少しずつ強まって、俺はとうとう天を仰ぐような形になって。青ざめたクラスメイト達の顔を見ることも出来なくなっていた。
「ね、キミ達さ、こいつちょっと貸してくれない?」
「ええ゙っ!」
喉が詰まって声が出にくいが、とっさに出た反論の呻き。
そしたらふくらはぎを蹴られた。
暴力は反対だ。大嫌いだ。
きっと俺はボコボコにやられちゃって、でもばれると悪いからって服で隠れる部分だけを思う存分暴行を受けるんだ。
もう嘘がばれて最悪の状況なのに、ここで逆らったらどんどん悪い方向にいってしまう。
「ちゃんと返すからー貸してよ、こいつ」
「どぞどぞどぞ! お好きにどうぞ!」
媚びるような久保の声。
テメー後で覚えてろぬりかべ! 役立たず! でくのぼう! うどの大木!
などと面と向かっては言えないことを心の中で叫びまくった。
このときは焦りより久保の態度の方が気に入らなかった。
「じゃーさっさと教室帰れ」
「ハイ! よし、皆帰るぞ」
いっせいにばたばたと走り去っていく足音。それはあっという間に聞こえなくなって。
佐々岡は所詮俺と同じ人種。仕方ない。
久保、お前の裏切りは一生忘れないと心に誓ったからな。
「さてタイジくん。俺を覚えているかな」
先輩の、優しい声が気まずい。きっとその裏ではとんでもなく悪いことを考えているに違いない。
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