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front and rear of NY
お嬢ちゃんはあなどれないA-2 Nside


 ヤコは客人を見送りする為に事務をいっとき留守にしている。



 ……客人……

 あの睦月という少女の言葉には、迂闊にもこの我が輩ですら返答にたじろがされた。


 それは…我が輩の与り知らぬ年月のヤコに関わることだから、なのだが…

 あの少女の言葉そのものが、無意識にではあろうが、ヤコと同じように他者の精神に切り込んでくるからでもあった。



 それよりも…………

 泣いていた時があったとは、ヤコ本人から聞いてはいたが……

 あのような幼い者にまで察せられてしまうほどであったというのが流石に気になったので、
「あの子供の言ったこと、貴様はどう聞いた?アカネ」
 と、問いかけてみる。


『………』
 アカネは暫し答えるのを躊躇ったが、
「答えるのは嫌か?
 ……アカネ」
 我が輩が催促するのに対して、
『………』
 仕方ないように嘆息したような仕草を見せた。
 そして、漸くキーボードに文字を打ち込みだす。

『まぁ、そうですね……
 弥子ちゃんのそういう様子を、私は容易く知り得る近さにいましたから……』



―…やけに勿体ぶった云い方をするものだな…―


 我が輩は、まず、そう思う………


『弥子ちゃんの言っていた通り、3年間の内の1年は、そうだったのかもしれません。
 それだって…
 辛うじて察することが出来る時はあるにはありましたが…
 時がたつにつれ、あまり見ることはなかったと記憶してます』
「……ヤコは……
 アカネに弱音を吐かなかったということか?」
『はい。ありませんでした。一度も』
「…………」

 ……正直、愕いた。


『勿論、そうかなと思うことは何度かありましたが、お互い触れることはしませんでしたし。
 最初だけ、睦月ちゃんが察してしまって、少しだけ困ってましたか。そういえば』
「…………」



 あのとき…別れの前…
 ヤコは『私は大丈夫だから』と言って我が輩の背を押したのだった。


 だが、実際は100%“大丈夫”ではなかったのであろうか…

 ……それも当然か。


 ヤコの感情が、我等が共にいた時間と密度に比例するならば…
 決意ひとつでどうにかなる想いの筈がないのだから……

 ……それは所詮、そうあれかしと望んでいる我が輩のエゴでしかないことも、わかってはいるが……



 自ら晒すことなど決してなかったものの、アカネが察したように、何処かしら態度に滲み出ていたというならば……
 あの睦月という少女は、やはり聡明で鋭い感性の持ち主なのであろう。

 ヤコと同じように、近しい身内を殺されて喪うという凄惨な経験故なのか、先天的に持っていた資質なのか…そこまでは判らんが。



「“フォロー”、か……」
 少女の言葉をふと思い出し、笑いがこみ上げてくる。

 子供の思うフォローと、我が輩が思うそれは、さぞかし相違あることであろう。


 それに……

 むしろフォローをより必要とするのは、我が輩の方なのだ。

 我が輩が不在だったのは、“こちら”では3年ではあろうが、それはあくまでも地上の時間軸での話。


 この『場所』に再び戻るまでに…
 ヤコに再び逢いまみえるまでに……

 我が輩の時間軸でどれ程のときを経たかなぞ…………


 だがそれでも、『フォロー』は互いに成されているのであろうな。

 ヤコと再び逢いまみえた、あの日に。
 それ以降、共に在ることで。



「……何ひとりで笑ってんの?」
 突如としてヤコがひょこりと顔を出し不思議そうな声音で問われ、我が輩は少しばかり愕かされた。

 ……だが勿論、そのようなことはおくびにも出さずに、
「オヤ、いつの間に帰ったかヤコ。
 コソコソしたコソ泥のような気配の無さなのだな貴様は」
 などと言ってやる。

「……ほんとにさ、睦月ちゃんに対する優しさの千分の一でもないものかねー」
 宣うヤコ。口振りこそ不平が混じっているが、表情は笑んでいる。

「そんなことを言っている暇があるならば、更にもっと精進することだな。あの娘にあっという間に追い抜かれるぞ」
 と言うと、
「うわ。有り得そう。鋭いもんなー、睦月ちゃんは」
 そう、返してきた。やはり笑いながら……





 あの娘は言っていたか……

 ヤコが、
『笑ってると、すごく安心するし、こっちも嬉しくなっちゃう』
 と……


 ヤコの表情…特に笑顔…に、こころが浮き立つなり波立つなり安堵するなり…何やら面妖な感情を覚えるのは、我が輩とて同じだ。

 それを、他者も知っている。
 ヤコが…他者にをも、そのような思いを抱かせている……





「貴様が誰にでも尻尾を振るものだから、我が輩ちと不愉快だぞ。
 ……あの娘だから、“ちと”で済んでいるのだがな」
 ふと、それだけ言ってやると、
「……………?」
 ヤコは首を傾げ、暫し考えた後……

「…………うわぁ…………

 ネウロってば……
 あんなに可愛い子にもヤキモチ焼いちゃったりするわけ?
 おとな気なさすぎ」

 ヤコは呟く。呆れたような口調で。そして、見上げた。
 意識を容易く捉えるほどに眩しい笑顔で、我が輩を……







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