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front and rear of NY
ことばの待ち人再来@



 ヤコという女は、心の広い我が輩を苛立たせる数少ない原因であり、また同時に、それを払拭することのできる唯一の存在だ……






 事務所内は、吾代が帰ったことで、いっとき静まりかえっている。


―さて……―

 ヤコの座っているソファの方を見ると、ヤコは顔を真っ赤にし頬を両手で押さえ、

「あぁ―――」

 と、一人で身悶えしだした。



 先程の己が発言……


『あたしはあんた以外の「男」なんて知らないから、何の比較も出来ないし、比較する気もさらさらないし……

 そもそも…あの頃…あんたが居なかった頃はずーっと、そーいうことになんか興味持てないに決まってるじゃん。
 肝心のあんたが居ないのに、どうやって?』


 ……を思い出し照れを生じさせているのであろうか。
 だが、あの発言を我が輩が悪く思う筈もない。


 ヤコは我が輩の視線に気付くと…姿勢を正し、躊躇いがちにではあるが、こちらを見つめてくる……

 ソファに歩み寄りヤコの隣に座る。何となく髪をかき混ぜてやると、ヤコはやはり恥ずかしさが先立つようで顔を伏せてしまった。

 思い立ち、手を少し伸べれば届くところにヤコがいるのだな……と、今更ながらに思い及ぶ。
 ここに還ってきてからもう随分日が経っているというのに、何故急に…と思いはするが…

 我が輩は既にわかっている。


 吾代との会話で不意に、過去の記憶…感情……

 ヤコと離れていたあの頃の……
 ヤコを金輪際この手に出来ない未来も有り得るのか……と、恐れにすら似た焦燥の記憶…
 あまり思い出したくない類いの感情を甦らせてしまったせいだろう、と……


 今は違う。こちらの暦で3年も経ってしまっていたが、我が輩は無事に還り、愛でるべき唯一がここにいる。いつでも引き寄せることが出来る。

 ヤコの額の髪を払い除きながら、極々軽く額の生え際に口付けていると、

「……ネウロ、ちょっと情緒不安定気味?」
 ヤコが顔を伏せたまま、囁くように問うてきた。

「ム…?
 ……何故そう思う?」
 いつもならば即座に否定するところだが、否定する気にはなれず訊き返してみる。

 ヤコは顔を上げ、きょとんとした表情でこちらを見上げた。ヤコもやはり、我が輩ならば即座に否定すると思っていたのかもしれない。

「ネウロが気ままなのはいつものことだけど…
 何となく、そう思って、さ…」
「……そうか」
 躊躇いがちの答えに、我が輩は素っ気なく聞こえるように返す。




『そんなこと探偵には間違っても言うんじゃねーぞ』
 吾代にそう宣われてしまったこもごものやり取りなぞ…

 ヤコが我が輩不在の間知り合った人間との煩わしいやり取りだけではなく、知り合った事実そのものに苛ついたなぞ……

 わざわざ言う必要はない。


「あたしのせいで不愉快な思いしちゃったかもだけど、さ。あの手の暴言はホントかんべんね。ちょっと悲しくなるからさ」
「………」
 それで気分を害したと思うならば、その方が有難い。

「でも、助け船を出してくれてありがと」
「あのような人間をあしらえそうにはないのは明白だったからな」
「うん。
 それに、『守る立場にあります』って言ってくれて嬉しかったよ」
「…………」


 …やはり、この娘は厄介な存在だ…そう思わざるを得ない。

 ヤコに苛つかされ、ヤコがそれを無自覚に宥める。
 そうしてヤコは、我が輩を煽り立て昂らせるのだ……



 つむじに密かに溜息を逃してから、顎をつまんでヤコの顔を上向かせ、咥えこむように口付ける。

 蹂躙という言葉が相応しい深さでヤコを味わうが、逆にヤコの反応は浅かった。

 気にはなったが、だからどうなるということでもない。口付けながら体のラインに沿って服の上から撫で擦ると、ヤコは眉をひそめた。

 唇を解放してやり、息をつくヤコを間近に見下ろす。逃がさないように、両腕はヤコの体を抱きしめたまま。ヤコは躊躇うか視線を泳がせて、
「ダメ」
 と、短くも明確な拒絶を口にした。

「……貴様の拒否など聞き入れると思うのか?」
「思ってないよ。それでも、ダメ。あたし、さっきネウロに言われたこと、ちょっと引きずってるから」

 構わずに、シャツに差し入れた掌でくすぐるように肌を撫で付けると、ヤコの体がぶるっと震えた。

「……ダメって言ってる、のに……」
 からだは反応しているが、言葉では拒むヤコ。もとより拒否を受け入れる気などないが。



 多分に憂さ晴らしの側面が強かったとはいえ、我が輩はヤコの貞操を疑うような言葉を投げ掛けてしまった。
 そんなわけがなかろうことは、とうにヤコの身を以て我が輩自身が確信しているのだ。
 吾代にもそう言ったではないか。
 心にもないことを口走ったものだと自覚はしている。

 わかりきっていることを、疑うように試すように、苛立つ感情に任せて口にしてしまったのだから、ヤコの感じた屈辱は弱くはなかったのだろう……



 胸に手を当てて突っぱねるのが煩わしく、両手をまとめて肘置きに押さえつけてやる。
 服を脱がすのも面倒で、半端にくつろがせただけのヤコの姿を見下ろす。ヤコはいつものようにこちらを見上げることはなく、どこか諦めの滲む風情の表情で横を向いていた。

 ヤコの心情として当然の反応であろうか。わかっているにも関わらず、我が輩はそれが気に入らない。
 やや乱雑に革手袋越しの指で勝手知ったるカンどころを繰ると、ようようヤコは甘い声を漏らしだした。

 それを合図と見なし、我が輩はヤコの細い脚の片方を抱えあげた。軽く膝頭に口付けてやってから、体を割り込ませてゆく。




「……ん、っ……
 ネウロ……待って…ちょっと待っ、て」
「……どうした」

 押し進めるのを止め、両手を拘束していた手を離し、覆い被さるように覗き込む。実は何を言わんとしているか我が輩はからだで気付いているが、敢えて問うてやると、ヤコは赤い顔を背け、

「痛い。まだ…ムリ、みたい。
 ……ごめん……」

 囁くように微かな声音でそう言い、顔を両手で覆う。両手で覆いきれずに覗く肌は更に赤みを増していた。

 からだはまだ固く、まるで潤っておらず……
 気の乗らないヤコを無理に求めたにも関わらず愛撫が足りなかったようだ。

 この娘が抱かれる時に汗をかかず、からだの固さを解さず……
 からだの内の潤いが我が輩を迎え入れるに至らないままということはなかったというのに…

 我が輩としたことが、事を急きすぎたとは。

 この娘も、3年前ならばその程度でひきつることなどなく我が輩を難なく迎え入れられたのであろうが……



「痛いのか。確かにからだが固いな。まるで生娘のようではないか。ヤコよ……」
 耳に注ぎ込むように囁いてやる。
「…………」
 ヤコは羞恥の為か身悶えした。


 『ごめん』と謝るヤコが可愛いと…どんなに手間をかけても愛でずにはおれないと思ったなど……ヤコは思い及びもしないだろう……

「恥じることはない。そんなヤコも悪くない。
 何度でも“乙女”になるがいいぞ。その度に我が輩が喜んで我がものとしてやる」

 焦りを誤魔化す甘い言葉を囁きかけつつ、先程は面倒と思い脱がさないままだった衣服を剥ぎ取り、唇で指で丁寧にヤコを煽ってゆく。

 流石にもう反抗の欠片も見せはしなかったが、その代わり…

 本当に処女だったとき、そして先日再会した日の夜、久しぶりに抱いたときの、恥じらいと躊躇いとをない交ぜにしたような反応をヤコは見せた。

 図らずも、吾代に言ったことが再び実現したということだ……

 それでも、ヤコはほんとうの『生娘』ではない。他ならぬ我が輩によって、この上なく好ましく応える女となっている。先程は少々抗って煩わせてくれたが。

 かりそめのヤコの清さを我が輩は堪能してやる。我が輩が触れる度に反応が鋭くなっていくヤコの様子に逸る心地を抑えつつ……


 再会したあの日も思ったものだが、これほどまでに愛しい者と、よくぞ幾年も幾年も離れていられたものだと……

 こういうとき特に、思う。


 何となくそうしたいと思い立ち、右手の革手袋の指を噛んで引き抜いた。潤んだ瞳でそれを眺めるヤコの鎖骨をなぞる素手の指先は、ささやかな胸にたどり着く。
 敏感な部分を爪先で苛んでいき、柔らかなそれを我が輩は握り締めた。

 一方の左手は顔の輪郭に沿って這わせる。俄にのけぞった顎に少しだけ辟易したが、そもそもそうなったのは我が輩のせいだ。
 そう己に言い聞かせ漸く左手の指が唇に至ると、意を汲んだヤコが指先を噛んでくる。手を引くと、唇から黒い革手袋が頬を伝って滑り落ちていった。
 素を晒した指先を咥えさせる。ヤコは口付けの要領で我が輩の指に吸い付き舌で弄んだ。

 先程まで嫌がっていたのに…と少々可笑しくなる。唇から指を抜き、今度は唇を寄せ口付けてやると、ヤコはするりと腕を我が背に回し、我が輩に深く熱く応える。

 吐息はとうに熱を含み、汗の匂いがいつの間にか変わっていた。
 小さな爪が肌に僅かに刺さる心地好い刺激に欲情が否応なく加速され……



「あ、あっ…あああぁ……!」

 我が輩に支配される…我が輩が支配される刹那の切ない声……




 …………離れていた間も……

 “その瞬間”のヤコの声は、我が輩の耳にいつまでもこびりついていた。

 もしもこの『声』を…この感覚を知ることのない我が輩であったならば……
 ここまで…ヤコが察してしまうほどの不安定さを晒すこともなかったのであろうか…………






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あきゅろす。
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