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front and rear of NY
非常勤はただ見届けるA-3


「ただいまー!
 吾代さん、お留守番ありが……」
「おー、たんてーい!ナイスなタイミングで!」
 化物共が連れ立って事務所に帰ってきて早々、探偵に泣き言を投げかける俺。

 探偵がぎょっとした顔で俺の方に来る。
「どうしたの?」
「『ヤコヤコ』言ってっから、どうもオメーに用があるようなんだがよ、英語じゃ通じねーんだよ!頼む、電話代わってくれ!」
「私に電話?誰だろ」
 俺は探偵に事務所の電話を放り投げた。



 探偵は受け取った受話器を耳に当てる。
 こっちにも聞こえてくるくらいデケー声で電話の向こうのヤローはまくしたててる。探偵は何語かすぐにわかったようで、同時に何故か表情を曇らせた。そして、
『…………』
 全然わかんねー言葉で話し出す。


 事務所に戻った途端置いてけぼりを喰らった形の化物は、何でもないような顔して室内を突っ切り窓際の所長席に座ったが、内心面白くねーだろなーと察することが出来た。




 ちなみに……だが、俺は英語の読み書きならどうにかなる。
 探偵の活動のマネジメントするにあたってどうしても必要なスペックだったんで、嫌だったがオッサンに借りを作る形で勉強して、後は実践で、仕事上困らない程度には。

 そりゃもう大変だったが、英語一つで仕事の世界が広がってくカンジがするのが面白かった。だから、まだまだいろんな言語を覚えたいという探偵の気持ちが少しわかる。




 探偵はまだ立ったまま話している。
『………………』
 気のせいか…いや気のせいじゃない。かなり困ってるようだ。
 仕事の電話じゃなかったんだろか。思えば、仕事関係の奴なら、いきなり『ヤコ』なんて呼ばねーか。
 ちょっと前まで俺は探偵の身辺をそれとなく守ってきてたが、さすがに言葉が通じねー電話の向こうの相手じゃ太刀打ちできねー。


 懊悩してると、化物が立ち上がった。何も言わずに探偵から受話器を奪い取って、
『…………』
 同じくさっぱり聞き取れない言葉で話し出す。

 解放された探偵はソファに座り、胸に手を当てて深いため息を吐いた。よく見ると少し涙ぐんでる…

 この探偵が、涙ぐんでやがる…!


「……よっぽど困ったこと言われたんだな。
 誰だよ?やっぱ海外で知り合った奴?」
「……うん、まぁ。事件とかそーいうんじゃなくてね……
 私のファンらしいんだけど…◯◯って国に行った時にね…私が“そこ”にいるって誰かがSNSに上げたのをサーチしたみたいで…それで……」
「げ。引くなそれ」
「今、日本に来てるから会ってくれるよね?って。どう断っても、謎のポジティブさで伝わんなくって……」
「へぇ…そんなカンジの奴、確かにいるよな……」
「忙しくて事務所から離れられないなら、今から行くよって…
 ある程度ならあしらえるんだけどさ…ここまでくると、どう断ったら良いのか私わかんなくなっちゃって」
「……なら、化物…助手にバトンタッチして正解かもな」
「うん……
 あ、ネウロってば、けっこう辛辣なこと言ってるな……」
 俺には何言ってるのかなんて相変わらずさっぱりだが。探偵はまたため息を吐いた。



 ほどなくして、ピッ、と電話を切る音がした。
 お、解決…撃退したかと思ったら、目の前の探偵の頬に受話器が飛んでくる。
「いったーい!!」
 探偵は叫びつつも受け止めた受話器を握りしめ化物を見上げて、
「いきなり投げつけないでよ!睦月ちゃんと会ってる時ジャマするし、なんなの!もう!!」
 と、大声で文句を言った。

「……あばずれくずれが本物のあばずれになるとは恐れ入ったな」
 化物は不機嫌そうな顔を隠そうともせずに暴言そのものを口にする。



―あー!
 もー!
 よー!!

 何だってこんなタイミングで探偵のストーカーもどきが場をひっかき回すんだよ!

 いちいちフォローせざるを得ねーこっちの立場や心労をだな……!!―



 だが、この場に居合わせてる限りスルーなんざ出来ねぇ。俺は、
「あばずれて…何て言い方しやがる。一応女の子だろ」
 と、とりあえず言ってやる。
「一応って何よ」
 当然、探偵が口を挟むが、
「化物と立派に連れ立ってる化物仲間が何言ってんだ」
 そう、軽くいなして、
「……何にせよよー。探偵の言い分も聞いてやれや」
「聞かずともわかっている。くだらん」
「わかってんなら、よー……」

 化物は窓辺の席に戻っていく。その後ろ姿に探偵が、
「……だいたい、あたし携帯の番号教えてないじゃん。それだけでも褒めてほしいくらいなのに」
 と、ぶつくさ呟いた。
「てことは、聞かれたんか」
「……まぁね……あんまりしつこいからここの名刺渡しちゃった、けどさ」
 だから事務所の固定電話にかかってきたのか。
 脈なんかなくても、持ってる最低限の情報があれば駆使して迷惑かえりみず押せ押せプッシュするもんなのかね。ストーカーそのものじゃねーか。



「後々の繋がりを期待させるようなものを渡したということは、貴様にその気がほんの僅かでもあったのだろう。奴もそれを読み取ったのではないのか?」
 化物はそう言うが、言いがかりも大概酷ぇもんだな。さすがに探偵が気の毒になってくるが……

「それに、人間の中には、異性関係の数の多さを誇ったり、“良し悪し”の比較検討を楽しむ者がいるらしいではないか」


―……コイツ、ちょいちょい自分が人間じゃねー前提でものを言うよなー―


 化物の機嫌の悪さがわかる、八つ当たりそのもののアホ臭い妄言に、俺はワザと関係ないことを考えるようにする。
 正直付き合ってられっかって感じなんだよ。探偵には悪ィが。


「……どうなのだ?吾代」

―俺に振るな、俺を巻き込むな……!―

 そうは思うが、情けねー声で、
「俺からは何とも……」
 と、ついつい答えちまう。

「異性経験の乏しい雑用には無縁か……
 何にせよヤコ。世界中を飛び回っていた貴様ならば、どちらも容易いでことであろうな」
「………………」
 さっきまで生娘がどうとかご機嫌だったこと、コイツ忘れてんだろうか……

 探偵はしばらく黙って化物の暴言を聞いてたが、突然、
「バッカじゃないの?」
 心の底から軽蔑するような声で言い捨てた。


「数?良し悪し?そんなこと言われたって、あたしはあんた以外の『男』なんて知らないから、何の比較も出来ないし、比較する気もさらさらないし……
 そもそも…あの頃…あんたが居なかった頃はずーっと、そーいうことになんか興味持てないに決まってるじゃん。
 肝心のあんたが居ないのに、どうやって?
 ほんっと、バカ」

 そう、探偵は一気に言ったんだが。

 ……オイオイ。コイツもコイツで頭に血が上ってんのか、けっこうダイタンなこと口走ってるぞ……


 それを聞いてた化物は笑みを浮かべてた。思春期のガキみたくコロコロ表情が変わるヤローだな、ホントによ。

「……ほう?あれだけ欲深な貴様がか……?」
「人前で人聞きの悪いこと言わないでくれる?
 あと、とっくにわかってることなのに、白々しく試すように言ったりしないでくれる?
 ……あんたが実はあたしを信用してなかったっていうんなら話は別だけど」
「………………」

 今度は探偵がヤベェ。完全に化物の理不尽な嫉妬に対して腹立ててスネちまってる。


 化物が返事をしないのがおかしいと思って何気なく化物の方を見たら、バチッと目が合っちまった。



 化物の、
『貴様はもう用済みだ。空気を読んで早く事務所を去るが良い』
 ……ってゆー意思をバチバチ感じる気がする…のは、気のせいなんかじゃねー……な……



「とっ…とりあえず留守番は済んだし俺ぁ帰らせてもらうわ。
 依頼の件は、また連絡すっからよ」
 俺は立ち上がり、探偵に向けて言う。

「うん、ほんとにいろいろありがとう吾代さん。またね」
 探偵はこっちを向いて少し笑った。

「………………
 じゃーな」
 そうして俺は、ようやく事務所を後に出来た。



 バタンと閉めた事務所のドアを背に、思わずでかいため息を吐いてしまう。



 その後の化物共の動向が気になるかというと、全力でイエスなんだが。

 まー恐らく、奴らのやり取りとその結末に予想を外れる部分はないんだろう。


 とりもなおさず思うのは……

 探偵は三年前からずっと変わらず相当な人たらしなんだろうってことだ。

 化物をその筆頭にして、あのアーティストも、あのガキも、そして俺も……
 明らかにその『人たらし』にあてられてるからこその今現在なんだから例外じゃねー……


 その力のおこぼれ程度が起こした些細なトラブルなんて…
 探偵の『揺るがない本命』である筈の化物は本来歯牙にもかける価値もありゃしねー筈なのに…

 それでも苛立っちまう化物はきっと、自分が探偵の素質を成長させてきたって自覚…自信が、実は思うほど無いのかもしれねーな。


 いつだったか、絹の布で磨いてやったボロ雑巾だとか言ってたくせによ。
 化物は、もっと自分を誇って、探偵に対する感情に余裕を持ってもいいんじゃねーかって、俺は思うしかない……






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あきゅろす。
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