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front and rear of NY
名探偵ヤコちゃんとネウロお兄さん 2-4

 風呂を終え、我が輩はヤコをジャケットにくるみ素早くヤコの自室に運び込んだ。


 ヤコの部屋のクローゼットから我が輩好みの色味のシャツを適当に選び、着せてやる。

「ぶかぶかー」
 大きい……19歳のヤコのサイズのシャツを着させられたことの意味がわからないと、手指が隠れた袖を振り回すことでヤコはアピールし、
「これが、ぱじゃま?」
 長い袖を垂らしたまま顎に手を置き首を傾け訊いてくる様子は……

 一言『あざとい』としか形容できない。


 我が輩はベッドの上で髪を拭ってやりつつ、
「致し方ないでしょう。
 今夜眠っている間に先生は元に戻ってしまわれるので、その為です」

 ……決して、我が輩が以前池谷というダメ中年から、女がシャツ一枚でいる姿にそそられると聞いたことを思い出したからではないのだ…

 そのようなこと、このヤコに言う必要など一片すらもなく、ヤコも察しなどしないのだが。


 我が輩は素知らぬ風で、
「…先生だって『メルモ』のような有様にはなりたくはないでしょう?」
「『めるも』……?」
「あぁ……ご存知ではありませんでしたか。それは失礼致しました。
 今は気になさらずに。気になり覚えていたならば、後々『赤い飴・青い飴』で検索するなり何なりと」
 などと、言い聞かせてやった。


「……そっか」
 わかっているのかいないのか、そう呟いたヤコは、話を聞いている間何度も欠伸を漏らしていた。

 生活サイクルが身体の年齢に沿っているのだろう。覚えがない訳ではない事象だ。
 抗えない眠気故に上がるばかりの体温に、本当に子供に立ち返っているのだと感じる。

 ヤコの小さな体を横たえ、毛布を被せる。
 その傍に寄り添いポンポンとリズミカルに叩きながら、ヤコの寝かしつけに、我が輩は勤しむ。

 ヤコは身体を丸くし、かなり眠たげにしているが、眠るのを惜しむかのように時折身じろぎしている。

 心地よいのであろう。
 我が輩もこうしていて居心地が良いのだから、わからなくもない。






 このようなヤコに接したはじめから感じた思いは、今でも途切れずにある。



―何と愛らしいのであろうか……―



 堪らないと言う表現が相応しいその想い…
 性愛を伴わぬ、趣の異なる愛しさという感情を……
 これまで経験したことなどなかった筈。

 だが、いつかどこかで、やはりこのヤコに感じたことがあったような……



 様々が入り交じった、いとけなきヤコからの感情を、やはり様々を入り乱れさせながら我が輩は受け取り続ける。


 それは確かに、『幸せ』というべきときなのであろう…………







 不意にヤコが起き上がった。
 片肘をつく我が輩に四つん這いで迫り寄り、唇に軽く唇を押し付け、再び寝転がり抜かりなく我が輩の腕を己れの身体に誘導してから、

「おやすみなさい……」

 呟いて、瞳を閉じる。

 我が輩は呆気に取られつつも、部屋の照明を落とし、またヤコの身体をリズミカルに叩きだす……


 いよいよ眠りにつくかと思いきや、

「……ねうろー」
 薄闇を憚るように、小さな声で我が輩を呼ばわるヤコ。

「はい、何でしょう」
「……すき?」
「…は」
「わたしはねうろがだいすきだけどー
 ねうろはわたしをすきなのかなーって」
「…………」
「わたしはいつまでねうろにひつようなわたしでいられるかなーって」
「…………」
「わたしは、ねうろがいなきゃだめだけど。
 だって…ずっとまってたんだもん……
 ひとりで」
「…………」
「やくそくね」
「は」
「おおきくなったら、やこをおよめさんにして」
「は……」




 我が輩は……

 眠気も相俟った支離滅裂でとりとめのない“幼女”の発言に、ただひとつとしてまともに返答できなかった……





『およめさんにして』

 ……何を言うものか。

 そのような希みを抱かずとも、我々はとうに…3年も前から、つがいを成しているではないか……




「お休み、ヤコ」
 ヤコはとうに眠っていて、規則的な寝息が響いていたが…我が輩はそう呟いてやった。





 真夜中……


 俄に我が輩にしがみつく小さな存在を感ずる。


「…………お父さん……」

 目尻に涙を浮かべ、微かな寝言を口にした小さなヤコ。

 幼いヤコにとってはやはり、我が輩は父のような存在に映ったのであろう。

 遡る記憶の中…今は亡い父親と、擬似的に父もしくは兄を演じてきた我が輩を混同したので、あろう……

 だが、それでは我が輩の気が済まない。
 保護者然とした言動は、あくまでも今だけのこと。想定外の出来事の末でしかないのだ。

 ……そのように、自分自身に言い訳するように思いを巡らせてから、
「我が輩は、貴様の父ではないのだからな……」
 額に軽く口付け、せめて言い聞かせてやる我が輩であったが……

 ヤコは既に、そのような我が輩のこころなど知ることなぞなく再び深い眠りに落ちていた…………















「………ネ…
 ……ロ…
 ネウロ………」
 ふわふわと、たゆたうばかりの夢のただ中…どこからか聞き慣れた愛しき声がする。

 心地よく眠っていた意識が、ヤコの声によりまどろみの淵から引き上げられていく……



「……先生何でしょう?
 トイレですか?
 それとももうお起きになるのでお着替えですか……?」
 目を開けないまま、傍に居る筈のヤコに語りかけると……

「……あんた、珍しく寝ぼけてるんだね」
 可笑しさを堪えるかのような震えた声が返ってくる。

 声音は大人…19歳のヤコ…のそれだった……


 目を開くと、元に戻ったヤコが我が輩を覗きこんでいる。


「…………」
「おはよう、ネウロ。
 ネウロが言ってた通り、一晩たったら戻ってたよ」


 呆然と横臥するのみの我が輩を見下ろしているヤコは……
 身につけているのは昨晩我が輩が着せてやったシャツ一枚だけだ。

 ベッドにぺたんと座り、元に戻ったことで袖から出るようになった手を両太股の間に置いた、非常にそそる姿で。



「…………」
 何を言うことも出来ずに、我が輩はヤコの首に手を伸ばした。

 ぐいっと引き寄せ組み敷き、今度は逆に見下ろしてやる。


「……あ、もういいんだ」
 目を丸くし、薄く笑いもしながらヤコが言う。

「……………………」
 あまりにも…あまりにも口惜しい。

 散々振り回された昨日に留まらず、うっかり寝惚けたさまを見せてしまったことも相俟って……


「そんな訳がなかろう」
 そうと返しはしたものの……

 そういえば、昨日は何だかんだでこの娘を抱けず仕舞いだったのだと、今更ながら思い出す。
 ……まぁ、それどころではなかったのでは、あるが……

 我が輩にとってそれが『仕損じ事』であるのと同等に、ヤコにとってもそうであれかしと思いつつ……件の箱を、我が輩は再び手にする。

 昨日のことが良い基準となり、あの煙幕をどれだけヤコに浴びせれば目的の年齢に戻せるかなど、勿論我が輩ならば一瞬で計算出来る。





 ……此度は、ヤコが意識を失うことなどは、なかった……



 だが………………






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