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〜有限の…〜 1−01
「ねぇ、ネウロ。今日はここに泊まってっていい?」
今は夕闇が迫ろうという時。弥子が言う。遠慮がち、恐る恐るのように。
ネウロは片眉を上げただけで答えず、また、弥子を一瞥すらもしなかった。
『謎』も、その他の急を要する仕事もない、静かな時が過ぎ日暮れを迎えた事務所内。
ネウロは探偵事務所のHPの更新作業を、秘書のあかねは、HPに寄せられた依頼や取材申込等の書き込みの返信や整理を、そして弥子は宿題を…それぞれに黙々と淡々と。
弥子が、どうも家に帰りたがっていない程度のことは、ネウロはとうに察していた。理由まではわからない。
だが、ネウロの『謎喰い』の為のみならず、何がなくとも事務所…ネウロの傍に居るのが当たり前であった筈の弥子は昨今、何もない時くらいはと、早々に帰宅したがる傾向が強くなっていた。
…それは明らかに過日の事故以来顕著になっていた。だがネウロは殊更に知らぬふりをしていた。彼にしては寛大過ぎる程に。そして、弥子が躊躇いがちに、それに甘えていることもまた、ネウロは知っていたのだ…
これまでのふたりの関係が、『謎喰い』そしてその為の場所である事務所を介していたに過ぎないという根本的な事実が、今の弥子に子供じみた言い訳を与えてしまっているのだろう…と、ネウロは思っている。
少々の沈黙の後、口を開いたのはネウロだった。
「…今は『謎』の気配の欠片もなければ、早急に片付けねばならん仕事もない筈だが」
「ダメ?」
「……宿題は終わったのだろう?
用がないならば、いつものようにさっさと帰れば良いではないか」
「だって、お母さん出張で、今夜は誰もいないんだもん」
幼げに呟かれた言葉にネウロは密かに溜息。
「帰るがいいと言っていようが。この我が輩が貴様を甘やかす義理や義務がどこにあるというのだ? 貴様はいつの間に幼児に退行した?」
「それとこれは話が違うっ!」
「違わん。ともかく…せいぜい、稀なる自由時間…ひとりきりを満喫するがいいぞ」
「………」
―結局、自分のごはんに全然関係なければ、あたしなんかを束縛する意味はないってんでしょっ!
何よ、余計なことまで抜かして!
いいわよもう。ネウロなんか頼ったあたしが甘かったんだから…!!―
こころ内の不満が聴こえたが、ネウロは勿論知らぬ振りをする。その様子に弥子は不貞腐れた表情をますます強め、
「…んじゃ、また明日ねっ!
そうそう。明日は叶絵と約束してるから、遅くなるよっ!!」
言うが早いか駆け出し、腹いせのように盛大な音を立ててドアを閉め出ていった。そうして、階段を駆け下りる足音が響く。
弥子がエレベーターを使わない時は、余程感情的になった証拠。家に帰りたくないというのは本当だったのだな…と、ネウロは改めて思い、
「……餓鬼が…」
溜息をまたひとつ吐く。あかねは、心配しているのか笑っているのか、俄にはわからない様子でふるふると揺れていた。
そちらを軽くひと睨みし、トロイの椅子に深く腰掛け直す。
―全く…いったいどういうつもりなのか…
と、いうよりも…
我々の関係は、いつの間に退行してしまっていたのか…―
そう思い及んでみれば、魔人は自嘲の笑みを漏らさずにはいられない……
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