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〜忘却と再構築〜 37

 ヤコは、きょろきょろと辺りを見回す。

「お母さん、おはよう」
「おはよう弥子。良く眠れたみたいね」
 母親の言葉に、ヤコは、とりあえずのように、
「…ん…」
 曖昧に頷いたが。





「ねぇお母さん、ここどこ?

 …てゆーか、ネウロ!
 何で朝っぱらからあんたがいるのよ!」

 …と、叫ぶ。




 ………
 どういう、ことだ?



「まぁ、弥子ったら!
 ネウロ君に何てこと言うの」
 母親が慌ててヤコを叱りつけた。


「ここは病院ですよ。先生は轢き逃げに遭い負傷なさって、数日前から入院中でいらっしゃいますが…」
 我が輩は言ってやるのだが。

「え…え…
 何それ!

 ………あ」


 …眩暈が…


「…今日は…
 えーとぉ…木曜日、のハズ、だよね…?」

 轢き逃げ事故があったのは、水曜日だ。

 ますますもって眩暈がひどくなる、心地が……



 この口調
 この態度

 ヤコの様子で、認めるにはあまりに情けない事実が容易にわかるだけに……



「今日は日曜日です。先生」
「うそぉ!!」

 素っ頓狂な、声。

 まさしく…
 ヤコ、だ。



「えー、と。えー…と…
 日曜ってカンジ、全然しないんだけど…
 ひょっとして、あたし、そんな長い間意識不明だったの?」
「そんな訳ないじゃない。あんたは普通にしてたわよ。ちょっと、普通じゃなかったけど…
 とにかく、ネウロ君があんたのお世話してくれてたのよ」
「ありえない!!」
「ありえないとは何ですか」

 間抜けな問答の末に、ヤコは再び母親に叱りつけられた。

「だって……」
 ヤコが上目遣いでこちらを見上げている。




 つまり…

 ヤコは、記憶を取り戻すのと引き換えに、今度は記憶を失っていた間の出来事をことごとく忘れ果てた…

 …と……



 目覚めた最初のうちは我が輩を警戒していたことも
 我が輩をも忘れてしまったことを辛く思い、泣いたことも
 こもごもの会話も
 交わした約束も


 この我が輩を、散々振り回してきた…その数日間を、全て、何もかも。


「…まぁ…
 無事に記憶が戻ってるなら、それに越したことはないか…
 でも、ネウロ君…」
 母親が盛大な溜息を吐き、こちらを見る。
 何故か癪に感じる。

「…僕も同感です。退院を不安がっておられましたが、もう心配はいりませんね」
「退院を不安? あたしが?
 ウソ言わないでよ!」

 少しばかり腹が立ったので、肩に手を置き、握りしめてやった。母親には見えぬよう。


「うわあ何か地味に痛い! 何怒ってんのよぅ」
「何を仰いますか。僕が怒っているなどと」
 負傷した頭は勘弁してやっているのだ。力加減も、怒ったうちには入らなかろうが。
「ホラ、そのうさんくさい笑顔は怒ってる!絶対怒ってる!
 …あ、でも確かに、ずいぶん久しぶりのような気がするな、この感覚」
「………」

 最早、呆れて何も言えはしない。








 この、魔人たる我が輩を、散々困らせ惑わせ逡巡させ…

 それでも良いと
 待っても良いと

 …また造り上げれば良いと決意させ…


 あっさり元に戻りおって。その間の自分を忘れて。


 そんなにもあっけらかんと
 そんなにも……


 それならば

 我が輩はもう、待たん。待ってなど、やるものか。






 精々、覚悟しておくことだな……







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