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〜忘却と再構築〜 33
「でも…なんで、ほんとの話し方、あんまりしないの?」
「イヤですか? …今更構わないでしょうに」
「ううん、イヤじゃないけど。
でも、気になる」
「先生を刺激しない為ですよ」
「しげき…?」
それは本当ではあるが、半分程嘘でもある。
この稚いヤコに対しては、やはりなかなか素を出して喋れん…なぞ、言えるものか。
「『私』は、ホントのネウロさんも全部好きだったと思うし、ネウロさんも、前の『私』にはちゃんとホントのネウロさんだったんだよね?」
「………」
「なんだかちょっと…くやしいな」
驚いた。
今のヤコの科白は、過去の自分への嫉妬としか聞こえなかったからだ。
仮にそうだとしても、自覚などしてなかろうが。
面白いものだと思う。
知らぬ過去の自分への嫉妬…紛れもなく、この我が輩が起因しているのだから、尚更。
ヤコは幾分かふてくされた風情。
「また『先生』なのも…
私を名前で呼んでくれないのも、同じ理由?」
やはり、気にしていたのか…
「…いいえ」
「じゃあ、どうして?」
その問いは、我が輩がヤコの名を呼びかけることを好んでいる証でもあろう。
ヤコの問いへの答えは…
口調と呼び名は結びついているが故。
理由はただ、それだけだ。
逆をいえば、ヤコ自身が我が輩をそうさせているというのに…と、歯痒く思わなくもなく…
少々思い知らせてやっても、良いだろうか。
生乾きの髪にドライヤーの風を当て、くしけずりながら、
「…先生が、僕の名を“さん”付けなどせずに呼んで下さったなら、僕も呼んで差し上げるのですが…」
わざと溜息混じりに呟いてやる。ヤコは案の定顔を赤らめ、
「…だって…
恥ずかしいもん」
顔を伏せ身を捩らせ、本当に恥ずかしがっている様子。
「恥ずかしいのですか?」
「うん」
不思議なものだと思う。
我々は、個性も魂も変わらぬのに…
出逢いが違うだけで、これ程まで変わってしまうのだ…と。
「では、残念ながら、そのお望みを叶えて差し上げることは、出来かねますね」
「…ネウロさんて、ホント意地悪だよね」
「どういたしまして」
あらかた乾いた髪を手櫛で整え、懐からヤコ愛用の髪留めを取り出す。
俯いたままだった顔を少々上向かせ、いつもの位置にそれを留めてやる。
口唇を模したような赤い髪留めは真新しい。
頭の両脇に手をやり、きょとんと見上げるヤコは、今は何もかも忘れているという現実すら忘れさせる程に、以前のままのヤコとしか見えない。
そして、雰囲気や態度に初々しさが加わり、何ともいえん感慨を、我が輩に与える。
罪無い顔をした、どこまでも罪深き我が奴隷め……
「…今更…僕のこうした口調も呼び名も、先生の僕へのそれ同様、気にする程のことでもありますまい。
僕はこれから、いつでも傍にいるのですから。
これまでも、そうだったのですから…
先生が、もう決して傍から離れずにいて下されば、どのようなことでも、先生が望めばそれは真実であり、また現実になりもしますよ。
…いずれは」
「……」
長く囁いてやった後、座っていた椅子を寄せ、腕をのばし抱き寄せた。
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