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〜忘却と再構築〜 31

 色素の薄い髪にトリートメントを撫で付け、馴染ませる。

 我ながら甲斐甲斐しいものだと思う。
 風邪をひくなり大怪我をするなり…からだに何らかの変調を来したヤコには我が輩はかなわん…
 そういうことだ、結局は。


「先生の髪を洗うというのも、なかなかどうして、悪くないものですね」
「ふぅん…
 悪くないって、いいってことかなぁ?」
「まぁ…そう思って頂ければ」
「『私の』…なんだ?」
「……言うまでもなく」

 ヤコは、また笑う。からかわれているようで癪だが…



「…さ、流しますよ」
「ん」

 やや熱めの湯なのだが、ヤコは意にも介さない様子。むしろ気持ちよさそうに瞳を閉じている。


「ね」
「何でしょう?」
「退院したら、一緒にお風呂入らない?」
「……はい?」

 いきなり何を言い出すのだヤコは……



「我々は共に暮らしている訳ではないので、なかなか難しいことですね」
 ことばをどうにか探し出し言うと、
「イヤなの?」
 また、上目遣いで……


「そうではなく…」


 困る。
 困る以外の何だというのだ。


 ヤコである筈なのにまるでヤコではない、この『ヤコ』は…



 ヤコは瞳を閉じたまま、
「…退院したら、おうちに行く…帰るんでしょう?
 おかあさんがお仕事行ってる間、私はひとり?」
 シャワーの音でかき消えそうな程の小さな声、で。


「………」
「ここでひとりになるのは、そんなこわくない。でも、退院して…そとに出て、ひとりになるのは……
 ネウロさんがいてくれれば、全然、こわくないんだけど」


 真に言いたいこととは、これか…




 事故以後のヤコの目覚めは、新たにこの世に生まれ出でたと同意なのであろう。

 ヤコはつまり…
 この空間、そして限られた者しか知らぬ…物心のついた赤ん坊のようなもの。

 今のヤコには、ここが全て。目覚めてから見知った人間が…
 そして…
 この我が輩が、全て。

 知らぬ世界、人間、その他様々…知らぬもの全てが、かつては知っていたかもしれないという思いに裏打ちされ増幅され…
 感じるのは、怖さのみなのだろう……



 …それにしても、こんなにも素直にものをいうことは、以前のヤコにはあまりなかった…

 我が輩の思考は、まずそこへいく。


「…先生は、専ら事務所にいらっしゃるのが日常でしたから、それ程までに不安ならば、事務所においでになっては?」
「……いいの?
 私、もう『たんてい』は出来ないんだよ?」
「心配は少しもいりません」

「ありがとう……」

 今度は伏し目がちとなり、囁く様子に…


 …可愛いな…

 そう、感じてしまう。



「そうそう、風呂については…
 先生がお望みであるならば、僕には異論など、微塵もございませんので。
 退院なさったら、折を見計らって実現してみますか?

 …ですが、それならば相応の覚悟をして頂かないと。
 …先生?」

「……かくご?」

「そう、覚悟。
 先生が僕を誘っておられるのですから、当然…」


 腰を屈め、真上から覗き込んでやると、シャワーで上気したヤコの顔が、更に赤らんだ。鼓動が聞こえるような錯覚を覚える程に、ヤコの動揺が伝わる。


「…さそ、う…?」






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