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〜忘却と再構築〜 30

 アカネの様子を見て、不意に我が輩は閃いた。


 実に、楽しそうなことを。




「看護士さん」
「…はい?」
 語りかけたことで、漸く看護士は我が輩の存在に気付き、驚いていた。

 そういえばそうであったな…

 が、我が輩が気にすることでもなく、構わず言う。

「ここは大丈夫ですので、看護士さんはご自分のお仕事に従事なさって下さい」
「はぁ…?」
「ですから、これの使い方を教えて頂ければ、僕がすると言っているのです。
 …看護士さんも、お忙しいでしょうからね」
「……」

 看護士は何故か赤くなり、
「お気遣いありがとうございます。では…」
 と、この珍妙なものの使い方を説明しだした…





 しばしの後看護士は慌ただしく立ち去り、病室内は再び、我が輩とヤコ、それにアカネだけの空間となった。


「さ、どうぞ!」
 早速ヤコを促す。
「ネウロさんて、人の髪を洗ったことあるんだ」
 首元を無防備に晒した格好のヤコが、やや不安げに問うた。

「経験などありませんね」
「えー」


 …こんなもの、目や耳に入らぬよう、頭皮や髪を扱うだけではないか。
 心地良くするという効果を余録として与えるのだとしても、ヤコ相手ならばどうということもなかろう。

 …など考えながら、
「ですが、先生がアカネにトリートメントしておられるのを拝見しておりましたので、手順は把握しています」
 シャワーの湯を髪に浴びせながら、我が輩はヤコの問いに答える。

「…え。私が、あかねちゃんの…?」
 頭を上げようとするヤコを力ずくで抑える。
「ええ。いずれ、わかることですよ。ですから動かないで下さいね。
 …さ、痒いところはありませんか、先生?」


 ヤコがアカネに使っていたものに比べると、相当安っぽいと思わざるを得ない匂いに辟易させられつつも、盛大に泡立て、我が輩は美容師に半ばなりきって問うてみる。

「…くすぐったい」
「それではわかりませんね」
「くすぐったいですー……」

 ヤコの髪は、所謂ショートなので、洗うこと自体は非常に容易だ。
 すぐに洗い終えてしまうのだが、それはまことに惜しく…我が輩はがしがしと念入りに洗ってやる。

 先程、我が輩が髪に触れた折に、僅かにでも避けた罰でもあるが。


「なぁんだ…」

 濯ぎの湯の勢いが心地良いものか、ヤコはうっとりと瞳を細めながら、囁く。


「はい?」
「ずいぶん慣れてるみたいだから、一緒にお風呂入ったことでもあるのかなぁ…
 とか、ちょっと思ったんだけど…

 …!

 ……あっつーい…!!」

 そして、叫ぶ…


 熱いのは当然だ。湯温を故意に上げたのだから。


「…何するんですか」
 ヤコは頭をもたげ、非難の声を上げる。

「…妙なことを言うからだ。
 我が輩は貴様の髪を洗ったことがないと言ったのだから、風呂で云々なぞ、ないに決まっているだろう。その程度のこと、会話で察するがいい」
 思わず素に立ち戻り、言い連ねてしまう。我が輩としたことが、動揺している……


「…何で怒るんですか」
「怒ってなどおりません。
 …とにかく、トリートメントをせねばならないので、頭を戻して下さい」

 無理矢理頭を所定の位置に戻すと、ヤコはむぅ、と妙な声を漏らしたが、程なくして笑い出す。







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