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〜忘却と再構築〜 29

「僕は…男は基本的に、こういったことを口にするのはあまり好みません。
 ご友人の本に、そういった記述はありませんでしたか?」

 逃げ口上と悟られぬよう、言葉を選びつつ、言い聞かせてやった。

「ない…もん」
 ヤコは不満そうに唇を尖らせる。
「それに、ネウロさんが先にそれっぽいこと言い出したから、気になって、こーゆーこときいたんだし、私」

 ほんの少し、目眩のような感覚。

「ずるいよ、ね?」

 無自覚は、本当に、困る…


 どうあろうと、これには勝てないのかもしれん。


 思い込みから、おのれを偽り取り繕い頑なであり続け…
 ヤコにはそれらを最初から見抜かれていたことに一向に気付けなかった…その時点で既に、我が輩の負け。

 口惜しいことには違いないのだが、今の稚いヤコには、尚更かなわんものか。



「…でも、そうですね。それならば言わせて頂きますと、『だった』と言われるのは、極めて不本意…ですか…」
「………」
「先程も先生は、僕を好き『だった』と表現なさいましたが…
 互いの気持ちを過去形にされてしまい、僕がどう思ったか…など、先生はご存知ではないでしょう?」

 真っ赤になるヤコ。アカネがはらはらしているのがわかる。


 椅子に腰掛けた身体ごとベッドに…ヤコに近寄る。
 空間を隔てても、体温が上がったと判っていたが…腕を差し伸べ頬に触れてやると、直に、顕著に、そして更に……

 惑わされてしまいかねないおのれを悟られぬように、我が輩は笑う。

「ネウロさんて…意地悪」
「これは心外なことを仰る」
「意地悪だよ」
「そんな筈はありますまい。
 僕は先生のお望み通りのことを、僕なりに申し上げただけ」

 顎を指で弄びながら囁いてやると、くすぐったそうにしながらも驚いていた。

「…そうなの?」
「はい。傷付いた僕の心も同時に知って頂きたいが為、皮肉をたっぷり含んで申し上げは致しましたが」
「それは…私の言葉が足りなかったからってだけで…
 …うん、ごめんなさい」

「わかって下さればよろしい。
 それに先生は元々、単細胞生物並の脳をお持ちでして。そこを逐一突っ込むのが愉しいのですから、むしろ一向に構いませんし」
「うわぁ、すごい意地悪だ」
「流石に否定はしません」
 笑いながらしれっと言うと、ヤコも笑う。



「でも…不思議だなぁ…」
「何がです?」
「そうやって楽しそうに私をイジめるネウロさんも、何でか、好き」
「………」

 不覚にも、絶句。



「…なるほど」
 低い呟きが漏れてしまう。

 以前ヤコは言っていたか。


―どんなネウロも、好き…―





「でも、なんで…」
 ヤコが何か言いかけると同時に、ノック音が。


「桂木さん、洗髪に参りましたよー」
 看護士が、何やら大仰なものを押してやってきたのだ。


 カートの上は、シャワーと洗面台、それに枕のような何か。下には、タンクか?
 これで、病室に居ながら洗髪が出来るというのか…と、思わずしげしげと眺めてしまう。
 ヤコも、珍妙な器具に目を丸くしていた。

 ベッド脇にそれは置かれ、
「それじゃ、仰向けになって首をここに置いて下さいね」
 看護士は言う。
 アカネは何を思うのか、看護士から見えぬのを良いことに、魚のように跳ねていた。







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