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〜忘却と再構築〜 28
アカネが何か訊きたそうに揺れている。何を訊きたいのかはわかっているが、知らないふりをする、我が輩。
「お待たせ。もういいわよ、ネウロ君」
母親が顔だけ出し、我が輩に声をかけるのに促され室内へと戻ると、新しい寝間着に着替えたヤコがこちらに顔を向けていた。
「頭の抜糸が済んだから、シャンプーもOKなんだけどね。でも後で看護士さんが洗髪にきてくれるって。良かったね。
髪が洗えなくて気持ち悪いでしょ、弥子?」
「…う…ん…?」
言葉に、アカネがまた何かを主張するかのように揺れる。ヤコによる手入れが恋しいのだろう。
「それじゃお母さんは行くからね。明日、着替えとか持ってくるから、それまでいい子にしてなさいね」
「うん」
「ネウロ君にあんまりワガママ言っちゃダメよ」
「うん」
「我が儘なんて、先生は仰いませんよ」
我が輩が口を挟むと、
「それならいいけど…
ネウロ君、弥子をよろしくお願いしますね」
何やら意味のありそうな表情を、また…
だが、気付かないふりをしていた方が、無難だ。
「もちろんですとも」
母親は、
「それじゃ、行ってきますね」
笑いながら出て行った……
「いってらっしゃい、おかあさん」
「いってらっしゃいませ、お母様」
ふたり同時に言い、思わず顔を見合わせる。
「ぷっ…」
ヤコは身体を伏せ、また、笑い転げてしまった。
……やれやれ……
「ネウロさんて…」
しばらくの後に、漸く落ち着いたヤコが、こちらを見上げ、もの問いたげに我が輩に語りかけた。
「何でしょう?」
「ネウロさんて、おかあさんにすごく信頼されてるんだね」
…アカネと同じことを言うのが、おかしい。
『我が輩』を知る者は皆、そう思わざるを得ない、ということか。
「それは当然のこと。
こういった状況では、日々弛まぬ努力。先生への僕の高い貢献度や、善行などその他諸々が全てものをいい、顕れるのですから。
信頼して頂かなければ、何の甲斐もないというものではありませんか?」
やや大袈裟に言ってやると、ヤコは目を丸くし小首を傾げ、少し考える仕草をする。
「…ワザと、ちょっとむずかしい言い方してる…?」
「とんでもない」
これまでヤコを散々連れ回してきたのだから、我ながら白々しいと思わなくもない。
だが、
「それに…
お母様は、僕の気持ちをきちんと理解して下さっているということなのでしょう」
重ねて口にしてみれば、これが一番近しい理由ではなかろうかと思われた。
恐らく…ではあるが。
「それって、ネウロさんが私を好きだったってこと?」
「………」
またヤコは…答えにくいことを訊いてくる。
「ね」
請うように見上げる眼差しには、正直参ってしまう。
以前のヤコも似たような仕草を見せたが…我が輩を理解していたが故に、このように直球で訊くことなどしなかったのだ。
思わず溜息が漏れる。
致し方なく、我が輩はベッド脇の椅子に再び座る。携帯は、いつの間にか定位置となった、ベッド脇のサイドボードへ。
頭に手をやり、かき回してやる。
洗っていないと自覚した為なのか、少しばかり嫌がる素振りを見せたヤコが、なんと小憎らしいことか……
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