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〜忘却と再構築〜 26

 ヤコが落ち着く…泣き止むまで…どれだけかかったのか…



「いいかげん、もう戻りましょう。これ以上身体を冷やしてしまっては、風邪をひいてしまいます」

 自然と口をついて出たのは、何故か助手としての言葉…
 ヤコは顔を上げる。泣きはらしたにも程があり、曰わく言い難い有様となっている……


―馬鹿が……―


 そう思うのだが、悪態はこころ内のひとことに留まる。
 ヤコが我が輩を忘れ去ったことそのものが泣いた理由であれば、そう責められも出来んではないか。




 病室には、出た時同様、携帯のストラップに擬したアカネのみが待っていた。

 誰かが居たのか、残留する気配を感じはするのだが。


「ネウロ…さん?」
「はい?」
「………」

 何か言いたいのか…ヤコは語りかけたまま黙り、俯いてしまう。我が輩は片腕を身体に回し抱き上げる。

「きゃ?!」

 甲高い声を放ったヤコを、投げ込むようにベッドに横たわらせた。

「……」
「退院が決まるまでは、こうして頂かないと」
「………」



 不安なのか不満なのか、はたまた……
 こちらを見上げるヤコは、どうとでも受け取れる表情を浮かべ、
「眠く、ないです」
 拗ねたように呟く。まるで子供のようだ。


「しのごの言うな。とにかく、横になっていればいい」
 少しだけ素を晒して言い、髪をかきあげ額に口付ければ、漸く表情が和らいだ。
 …和らいだどころか、笑ってすらいる。


「うん、そうする」
「………」


 …唐突に、奇妙な程に、ヤコは素直になった。


 おかしなものだな……



 考えていると、やおら毛布から小さな手がのび、我が輩の手を取った。

「えへ」

 そうしてヤコは、もの珍しそうに革手袋の我が掌を眺め、感触を確かめた後、両掌で包み込み、頬にあてがうのだ…


「…なんだか、こうしてると、安心するな」


「……先生は、やはり不安なのですか?」
 思わず問うてしまう。
 不安なのかと訊きはしたものの…その対象は、口にした我が輩にもわからない…



「…うん。
 だから、私がしてたかもしれないことを、私が好きだったかもしれないことを、してるの」

「しかしそれは…今の先生がなさりたいこと…とも、いえるのでは?」



「…私、ネウロさんのこと好きだったんでしょう?」

「……」

 脈絡がないばかりか、答え辛いことばかりを、しかも唐突に問うのだな、このヤコは……




「それを、確かめてるの、あたしは」

「そう仰るのならば…
 …今は違うということなのでしょうか?」
 少々小憎らしくなり、もう片方の手を頬にやり、軽く抓ってやる。

 そうしながら、顔を間近に寄せた。

 ヤコは…それでもやはり、笑っていた……


「違うもん。
 そうじゃなくて…」


 ヤコは何か言いかけたが……





「あら、戻ってたのね」


 唐突に、声が。
 そこには、ヤコの母親が。


 いくらスライド式の扉とはいえ、他人の接近に、この我が輩が気付けぬとは……

 しかも、
『戻ってたのね』
 そう言うということは、先程この病室に残っていた微かな気配は、ヤコの母のものであったのか……


「お帰りなさいませ。お仕事、お疲れ様です、お母様…」


 我が輩のとっさの言葉に、ヤコは笑いを堪えきれない震えを隠さない。







[次P#]

あきゅろす。
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