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〜忘却と再構築〜 25

 縋りつくようにベストを掴む小さな掌の感触。


 ヤコは逃げない。逃げようとは、しない。

 ヤコは…畏れない…?



「ヤコ?」
 抱きしめていた腕を緩め、覗き込むと…

 ヤコは笑っていた……




「………」

 クスクスと笑うヤコと、ことばの見つからぬ我が輩と…


 貴様は、何故笑うのだ…?


「……それが、ほんとのあなたですか?」
「………」
「おかあさんや、他の人には見せない…私といたときの、あなた…ですか?」


 取り繕いは…
 今更、許されはしないのだろう。


「…ああ」


「……ふふっ」
「ヤコ?」



「はじめて…
 そう言うのはヘンなのかもしれないけど…
 はじめてあなたを見たとき、私、あなたが嘘をついてる気がしたんです。

 今まで、ずっと、それが消えなかったんです。

 『助手』だって言われても、
 『彼氏』だって言われても。


 ネウロさん…

 あたしはあなたが、怖かったの。

 …今まで」







 ああ…そうか…そうだ…


 これは…

 ヤコなのだ……



 ヤコはただ、記憶を失っただけで

 魂の本質は、何ひとつ喪われてなどいなかった…


 我が輩がただ

 それに気付かなかった…それだけ、なのだ……






「怖かったのか?」
「…うん」
「……そうか」


 我が輩は溜息混じりに呟き、そして……




 目にするは、ヤコの姿
 耳にするは、ヤコの声
 感ずるは、ヤコの匂い
 魂が放つ雰囲気もまた…ヤコのもの

 触れ合わせる唇の感触も

 そしてまた…何が起ころうと我が輩の元に還ってくる、こころですら……




 固く固く握り締められる、我が輩のベスト。

 以前のヤコとは較べものにならない反応は…どう応えたら良いのかわからぬ、戸惑いの勝るもの。
 応ずるすべを忘れ果てた、ヤコの唇。

 懸命に受け入れようとする、そのこころだけが、痛烈に伝わってくる……



 それでも構わない…
 それもまた良い……

 そう、思う。


 ヤコの、こうした行為への反応は、我が輩がヤコを介し手探りで見つけ出し、同時に導いてきたもの。


 振り出しに戻っただけだ。



 これからまた…
 いくらでも時間をかけて待てば良い。

 万一、元に戻らぬのだとしても…我が輩が導き新たに築き上げてゆけば良いだけの話、なのだ……


 骨の折れる、根気の要ることではあろうが、問題はなにもない。

 ヤコが傍に在るのならば……



「……ふ……」

 温もりと味わいとを存分に再確認し、唇を離した途端熱い息を漏らすヤコを覗き込もうとすると、ヤコは我が胸に顔をうずめてしまった。


「………」

「…ごめんなさい」
 小さく儚く、ヤコは囁く。


「ヤコ?」

「ごめんなさい
 ごめんなさい
 ごめんなさい……」

「…何を謝る?」

「…………」
 ヤコは嗚咽を漏らし、子供のようにしゃくりあげ……



「ネウロ…さん…

 あなたのことを忘れてしまって…
 なんにも思い出せなくて、ごめんなさい…!」


 震える声音。ようやっとという有様で口にした後、ヤコは激しく泣きじゃくる。




 我が輩はそんなヤコを…

 我が輩を想い泣くヤコを…

 ただ抱き締め、無言で宥めるしか、出来なかった……








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