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〜忘却と再構築〜 24

 肩に手を添え、腰を屈め…ごくごく軽く唇を合わせる。


 随分久方ぶりに感じられる、外気に冷やされ、微かに震え…だが、極めて好ましい感触。

 …我が輩が唯一好む、感触…


 ヤコは、固まったかのように動かない。
 見開かれたままの潤んだ瞳は…稚さを、うぶさを…今だけの筈である、上塗られた潔癖を彷彿とさせ……

 それすら、煽られている心地に転ずる。
 以前のように、思うまま蹂躙したい欲が脳をかすめるが、それは押さえ込み、一旦ヤコから身体を離した。







「なんで、私を、そう呼ばなかったんですか…?」

 ひと息吐いた後、震える声でヤコは問う。そのことばは、つい今しがた、『声』でも聴いたことに、漸く気が付いた。



 『声』が届くということは…


 我が輩のことだけを考えるヤコに戻った…ということ…

 いや、そうではないのかもしれん。



「…今、様々なことを言ったところで、混乱するだけ…」

 言い訳めいていると、我ながら思う。



 ヤコはまた溜息を吐く。体温が上がったか、息は白い。
 淡く消えてゆくさまですら…

 我が輩をそそのかしてやまない。



「じゃあ……」
 ヤコは再び我が輩を見上げ、口を開く。
 声は若干掠れていた。

「じゃあ?」

「また、呼んで下さい。
 ネウロさんがいつも呼んでいたように、『ヤコ』って…

 …今は誰もいないから。
 私と、ネウロさん以外」

 掠れ気味の声で囁かれたことばは、我が輩の感懐を裏付け、そして思い知らす。


 恐らく、やはり…我が輩の認識は間違っていたのだと…




「わかって言ってらっしゃるのですか?」
「…なにを?」
「僕にそれを求めることが、どういうことなのか」
「難しいことをきかないでください、ネウロさん。
 私は…
 あたしは、ただ……」




「…ヤコ」
「………」

 すっかり俯いた顔を指で引き上げ、こちらを見上げさせた。


「ヤコ?」
「…はい…」

 ヤコは、羞恥からか戸惑いつつも、また同時に…嬉しそうにしているのが、何故かわかる。

 瞳を逸らすことなく我が輩を見つめる。声を待っている。



 我が輩がヤコを呼ぶのを、ひたすらに……


 それでいい

 瞳に映り込み揺れるのは、我が輩の姿だけでいい

 貴様が待ち望むのは…この我が輩だけでいいのだ……




「ならば……」


 頬を両掌で包み込み、再び口付ける。
 先程とは違い、温もりを生じさせたそこに、ヤコの想いをみた心地がした。





 顔を離し、抱き寄せる。耳に髪が触れるのがくすぐったいものか、ヤコは身悶えした。

「ネウロさ…」
 我が輩を呼ばわろうとする声を掌で塞ぎ、我が輩は耳元で囁きかける。





「………
 ならばヤコよ…
 この我が輩を、そのように呼ぶな。
 貴様はこの我が輩の名を…ただの一度たりとも、そのように呼びはしなかった」



 ヤコは、びくりとからだを震わせた。




 性急だったのかもしれん…流石の我が輩も思う。



 だが…耐え得るものではなかったのだ。


 長らく触れずにいたヤコの唇を求める欲も
 そのヤコが我が輩を他人行儀に呼ばわることも、全て……








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