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〜忘却と再構築〜 22
ふと…
ころころと目まぐるしく変わるところは、以前のヤコのままなのだな…
そう、思った。
診察室の前でしばし待たされる。
忍ばせていた蟲を通して様子を見る。怪我の治癒具合に問題はないようだと医師が言い、ヤコは子供のように頷いていた。
引き続き検査に入り、一通りのデータを取られている。
肝心の、記憶を失っている症状が脳波などの数値に現れないものならば…意味がある検査だとは、とても思えないのだが。
「お待たせいたしました」
ヤコと共に診察室を出て来た看護士が言う。
「先生、お疲れ様でした」
「うん……」
消毒薬が染みたか、少々涙目となっているヤコが可笑しかった…
「詳しいことは親御さんにご報告致しますが、経過は順調のようですよ。怪我の回復が早いと先生が驚いていました」
「それは良かった。では無事に退院出来そうですね。お母様もお喜びになりますよ、先生」
言葉を受け、ヤコにそう話しかけるが、
「う…ん…」
はっきりしない返事が返ってくる。
診察待ちの他の患者がいる廊下で、ヤコは佇み下を向いた。
「私、このまま退院するのは…こわいです…」
呟く。小さく、微かに。
これには、少々困らされる。
「……ここでは何ですから、病室に戻りますよ」
「………」
ヤコが何を言いたいのか…こればかりは解る気がされた。
過去の記憶を失ったまま自宅に帰っても、学校に行っても…
そして『探偵』として事務所に行っても……
そういったことを憂慮しているのであろう。
黙り込んでしまったヤコに近付き、
「少し…外の風に当たりましょうか?」
囁いてみた。やっとヤコが顔を上げる。
了承したものと理解し、
「寒いですから、これを着て下さいね」
病室から持ち出してきていたカーディガンをヤコに渡す。
ヤコがどうあろうと…
我が輩は別に、ヤコを何処かに連れ出そうと思っていたわけでもないのだが……
快晴の空が拝める病院の屋上だったが、流石に真冬であるだけに…ひ弱なヤコには、やはり寒く感じられるようだ。
自分で自分を抱き締め、ぶるりと身を震わせている。
こちらを振り返る顔は、それでも笑っていた。
「外に出るのは久しぶりのような気がします」
「そうですか?
…そうですね」
ヤコは、てくてくと歩き出した。
我が輩は仕方なく後を付いてゆくしかない。
屋上の端に辿り着き立ち止まったそこは、見晴らしこそ良いが、それだけ風がまともに吹きつける場所。
やおら振り返るヤコの、やや青ざめた顔色に我が輩は苦笑した。
「寒いんでしょう?
無闇に我慢などなさっても、風邪をひいてしまうだけです。先生は…ご自分のお母様を、また嘆かせたいのですか?」
歩み寄りながらジャケットを脱ぎ、ヤコに羽織らせてやる。
「…ネウロさんて、優しいね」
ヤコは呟く。喉の奥で笑いながら。寒さで青白い顔をしているくせ、に……
「………」
これは……
以前のヤコが、ある状況でしか漏らさなかった、場を煽り、かつ扇状的な…ある種の毒を含む、笑み方だ……
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